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「あそこよ」
ユーノを連れて来たライノが正面で激しく揺れている鳥籠を指差す。
「ユーノ! ユーノっ!」
中から叫び声がして、小さな白い手が必死に鳥籠の隙間から伸ばされた。
「ユーノぉ!」
「レス!」
掠れた声はさんざん泣きじゃくったせいか。
慌てて駆け寄るユーノの目の前で、籠をしっかりと掴んだレスファートが、その隙間に自分の頭を押し込もうとするように身もがいている。
「レスっ!」
鳥籠は大人一人入れるほどの余裕があった。端に擦り寄り、籠を両手でしっかり掴み、駆け寄ったユーノを見上げてくるレスファートの顔は擦り傷だらけ、真っ赤に紅潮した頬に涙の跡を一杯つけて、なおもみるみる涙を溢れさせる。
「怪我は?」
「ひっぅ」
「どこも?」
「う…」
引きつけながら首を振るレスファートが籠の隙間から差し出した両手でしっかりユーノの腰を抱えてしがみつく。
「こ、こわかったよぅ…」
「どうしたんだよ、一体」
「わ……わかんない」
籠に遮られて胸に甘えられない、それをじれったがるようにレスファートは首を振りつつ頭をぐいぐい押し付けてきた。
「ぼく、ただ、きれいな、鳥がいたから、おっかけて」
しゃくりあげながら訴える。
「そ、そしたら、ここ、きてて、その人が」
「その人?」
「あ・た・し」
うふん、と媚びた含み笑いが真後ろで響いて、ユーノはじろりとさっきのライノを振り返った。
「あんたが?」
「あたしが聞いたの、その子が側を通ったから」
細い指先に金色の髪をくるくる巻きつけながら、ライノは唇を尖らせる。濡れた鮮やかな紅が綻ぶように広がって、山奥にある大輪の花のような妖しさだ。
「あたし、きれいでしょ、って」
「うん、って、答えたよ?」
ぐすぐす洟をすすりながら、レスファートがぎゅっとユーノの腰を掴む。
「ぼく、ちゃんと、きれいですね、っていったの、そしたら」
「次にもう1回、ライノは聞いたのよ」
ふいに別の鳥籠から声が響いた。
「他の誰よりもきれいかって」
「当然でしょ?」
ふふん、と嗤ったライノが肩を竦める。細い華奢な造りの体にぴったりの愛らしい動きだ。
それに応じてまた一斉に周囲の鳥籠から声が上がった。
「当然じゃない」
「当然だわよ」
「聞かないほうがどうかしてる」
「どうかしてるわよ」
ゆっくり周囲を見回すと、恐ろしいほどの鳥籠がぶら下がっていた。小さな木にも数個、枝を広げた大きなものには十数個も、重そうに。
その中に一人ずつ同じような、しかもそれぞれに艶やかな金髪の娘達が入っていて、誰もがまるで特別な儀式が行われているのを見守るように、鳥籠に掴まってユーノ達を見下ろしている。
餓えたような青い瞳、うねうねと意志があるように蠢きながらじりじりと垂れ下がってくる金色の髪に、ユーノは目を細めて距離と配置をはかった。
無邪気そうに純真そうに見せているけれど、薄い膜一枚隔てたところに、灼熱の温度で立ち上がってきている炎を感じる。それは決して優しいものではない。
もし、一斉に襲いかかられたら。
見えているだけでも数十個はある鳥籠、ライノがうろうろしているところを見ると出てこれるらしいし、一気に囲まれたらレスファートが居るだけに脱出が難しくなる。
警戒しつつ、尋ねる。
「……それで?」
「ぼ、ぼく、それで」
レスファートは何を思い出したのか、きゅ、と唇を引き締めて、ふいにきつい視線で周囲の鳥籠を見回した。
「ぼく、ううん、っていった」
低い声で呟き、断固たる意志を漲らせてユーノを見上げ、
「ぼく、ううん、っていったの!」
「なんてこと!」
「なんてことを言うんだ、この子は!」
「あたし達に向かって!」
「こんなにきれいな、あたし達に向かって!」
「だって!」
わあっと再び圧倒するような叫びを上げる周囲にレスファートは大声で怒鳴り返す。
「ぼくのユーノの方がきれいなんだもん!」
「へ」
一瞬ユーノはその場に全くそぐわない間抜けた気分になった。
「れ、レス…」
「そんなのきまってるじゃないか、そりゃおばさん達だってきれいだけど、ぼくのユーノにかなうわけないじゃないか!」
「まああ!」
「また言った!」
「また言ったわ、この子!」
「いいかげんにおし!」
「その口やっぱり塞いでおこう!」
「レス……」
おばさん。
それは確かにレスファートに比べれば、ユーノだって、いや妹セアラだって『おばさん』なのかもしれないが。
「あー…」
これはとんでもなくどうしようもないところで落ち込んだ罠かもしれない。
ユーノは深々と溜め息をついた。
レスファートが通常と違う基準で、きれいだのきれいではないだのと判断しているとは『しゃべり鳥』(ライノ)達にはわからない。しかも、『しゃべり鳥』(ライノ)達は自分達の美しさを誇って生きているような生物、それを真っ向から否定するようなことを言い放って許せるはずもない。
「そうでしょ、ユーノ、ユーノは一番きれいなんだし、ぼくまちがってないもん!」
「う」
「間違ってるわ」
「根本的に間違ってるわよ!」
「まちがってないもんっっっ!」
「間違ってるってば!」
「いいかげんにしなさい、子供だと思って!」
「まちがってなーいっっ!」
泣き泣きレスファートは己の正当性を叫び、『しゃべり鳥』(ライノ)達は一層騒がしく激怒していく。
「レス、あのね」
「だから」
とにかくレスファートを落ち着かせようと口を開いたユーノに、背後のライノが口を挟んだ。
「あたしは言ったのよ、それはあたしがこんなところに入ってて、きっとよく見えないからよって」
「見えてるもん! ぼく目はいいもんっっ!」
「レス、ちょっとほら」
「ひいいっく」
ぽんぽんとレスファートの背中を叩いて沈めながら、それで、と促すと、
「だか、だから、とに、かくっ、ここの、とをあけて、って」
レスファートはしゃくりあげながらことばを続ける。
「でも、ぼく、あけかた、わかんなくて…っ」
「あたしはその子に言ったのよ、キスして、って」
「え」
ぎょっとしてライノを振り返る。
「…してくれたわよ?」
「え」
慌ててレスファートを覗き込む。
「レス?」
「え?」
レスファートはきょとんと目を見開く。
「おはようってするのだよ? 朝いつもユーノしてくれるの」
「あ、ああ」
頬にか。
ちょっとほっとしてしまう自分がなんだか微妙な気分になる。




