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ラズーン 1  作者: segakiyui
15.クノーラスの異変

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「クノーラス様!」

 アオクの悲痛な叫びは虚しかった。

 いきなり上空から降ってきたクノーラスが、濡れた重い音をたててドヌー蠢く床に落ちた。

「クノーラス様…っ!」

 慌てて駆け寄ろうとするアオクよりも先に、周囲から近寄ったドヌー達が、奇妙な格好で捩じれたままぴくりとも動かないクノーラスを見る見る覆っていく。

「無駄だ」

「あ…ああ」

 アシャが肩を掴んで引き止めるのにアオクが顔を歪めて吐くように呻いた。

「……長居は……無用だな……ならば、あの子は…」

 今のは明らかに『運命リマイン』がこの勝負を捨てた気配、ならばユーノは身動きできない状況にあるのか。

 はっとして目を上げたアシャは、ぬらぬらと壁に粘りつく道を引きながら降りてくるドヌーの間を、よろめくように降りてくる相手に気づいた。

「ユーノ!」

「大丈夫か!」

 アオクも我に返ったように声をかける、それを背中にアシャは急いで階段の真下に駆け寄った。

「大……丈夫」

 こと、こと、と壁にすがるように降りてくるユーノの顔色は真っ青だ。白い唇で強がったものの、こと、と最後の段を降りたとたん。

「……ア……シャ……兄……さ……」

 泣きそうな幼い表情がユーノの顔に広がった。

「よく、がんば……おい!」

 小刻みに震える体をできるだけ早く抱き締めたくて近寄ったアシャに、微かに笑んだユーノが突然ふわりと前にのめる。

「ユーノ!」

(やられてたのか!)

 抱きとめた腕に冷えきったユーノの体が崩れ落ち、アシャはぞっとした。

「おい、大丈夫か!!」

 慌てて駆け寄ってきたアオクに、急いで体を確かめたが、かすり傷はあるものの問題になるような傷はない。

 けれど、すがりつくようにアシャの服を握り締めてきた指は、珍しく剣を手放していて、どれほど厳しい戦いだったのかを思わせた。

(おそらくは、自分への深い不信を抱えたまま)

 今無事だということは、それでもアシャの教えたものが何か役立ったということだろうか。

(いずれにせよ、あれっぽっちじゃ足りない)

 もっときっちり教え込まなくては、この先生き延びていくことさえできない。

(皮肉だな)

 守りたいならば剣を教えなくてはならない。剣を教えれば厄介事に飛び込む機会も増えるだろう。

(どちらも同じ、か)

 そして今ユーノの剣を教え直すのはアシャしかいない。

 迷いを見抜いたように、ユーノがきつく服を握り締めてきた。目を閉じて気を失っているようなのに、少しでも離すまいとする指に鼓動が打った。

(そうすれば、俺はお前のかけがえのない相手、になれるか?)

 優しく愛しむ恋人同士にはほど遠い関係だとしても。

(お前の側にずっと居られるのか?)

 それはきっと愛には届かないものだろうが。

 アシャは重い吐息をつき、ゆっくりとユーノの体を抱き上げた。

「大丈夫なのか?」

「ああ…緊張が切れたんだろう」

「………こっちで見ていても凄い戦いだったからな」

 二重の戦いだったんだ。

 訴えたくなる気持ちをこらえて、アシャはユーノを深く抱き締める。

 無事で戻ってきてくれた喜びと、ユーノが何に気づいたのか、その衝撃を思って胸が傷む。

(休ませてやりたい)

 先はともかく、今は一刻も早く、少しでも楽にしてやりたい。

 だが。

(俺は)

 俺には、俺の。

 一瞬ユーノの髪に頬を寄せ、アシャは首を振った。腕の中を示しながら、

「アオク…ユーノを連れて先に出てくれ」

「ああ? お前は?」

「ちょっと用がある」

「……わかった」

 気がかりそうにクノーラスの遺骸を振り返ったが、もうどうしようもないと見極めをつけたのだろう、アオクはユーノを抱きかかえると急ぎ足に広間から出て行く。

 その姿が視界から消えてから、アシャはクノーラスの死体を振り返った。

 静かな声で言う。

視察官オペの任として、この地をとどめる。アシャの名のもとに」

 低く祈りに似たその声と同時に、透明な金色の海のようなもやがゆっくりアシャから広がっていく。やがてそれは人の目には微かに煙る霧のようなものとなって、クノーラス居城全体を覆っていき、人々はそこに城があったことをそれとなく、何となく自分達の意識から消していってしまうはずだ。

 ネークの王もまた、息子の居城を確認しにはくるだろうが、霧を見るとそこに何もあるはずがない、そういう気持ちに襲われて、城は不可思議な化け物と一緒に呑み込まれ消えてしまったのだ、そう納得することになるだろう。

「……ごまかし、だがな」

 冷笑しながら、アシャは唇を歪めて呟く。

「真実を知って絶望するよりはいいだろう」

 俺のように。

 靄が行き渡っていくのに、目を細めて背中を向ける。

 ドヌー達は自分たちを埋めていく波に自らの命が呑み込まれていくのに気づかなかったらしい。アシャを振り返ることもなく、クノーラスや傷ついた仲間を咀嚼する動きを繰り返しつつ、緩やかに動きを止めていった。

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