8
「アシャ…? アシャ?」
「っ」
柔らかな声が響いて、髪の毛をのけてやるはずの指でユーノの唇に触れようとしていたのに気づき、アシャは慌てて手を引いた。
(何をしている)
幸いユーノは目を覚ましていない。ほっと小さく息をついた。
「アシャ……どこですの?」
声はレアナのものだ。それがみるみる近づいてくる気配に、動きを殺しながらアシャは急いで木立を抜け出た。
「ここですよ、レアナ様」
ようやくぐっすりと眠れているユーノを起こしたくなかった。木立から離れながら声をかけると、花苑にすらりと立つ美しい姿があった。ほっそりした白い首筋を惜しげもなく見せ、滑らかな胸元近くまで開いたドレスを鮮やかに捌きながらレアナが近寄ってくる。
「ああ、そこにおいででしたの。ユーノを御存知ありませんか?」
「え…あ」
背後の木立を気にしたがユーノが起きてくる気配はない。
アシャは微笑みながらレアナの接近を妨げるように自ら相手に近寄った。
「何か御用でしょうか?」
「ラズーンからお使者が来られたの」
レアナの影にいたセアラがひょこりと顔を出した。形は違うが、白いドレスを身につけている。
「ラズーンから?」
「広間に集まりなさいとお父様が……ユーノ」
レアナがふいとアシャから目を逸らせて背後を見遣り微笑んだ。
「ラズーンから使者だって?」
後ろから眠そうな声が響いてアシャは振り返った。ふわぁう、とあくびをしながら近寄ってくるユーノの乱れた髪についていた草を、レアナが眉をしかめながら払いにかかる。
「また地面になんか寝転んでいたの? ちょっとは女性としてのたしなみを気にしなくては」
「はいはい、そのうちね」
「また、そんなことを」
「………そうやって並んでると、姉さまとアシャだと性別が逆よね」
セアラが腰に両手をあてて呆れてみせる。
え、ときょとんとしたユーノがアシャを振り向いて笑い出した。
「違いない」
「セアラ様」
「私がもう少し背が高ければねえ、ほらこうやって」
大仰な振る舞いでユーノが右手を円を描いて回し上半身を倒してお辞儀した。
「どうぞ、アシャ姫、私に御手を」
「ユーノ!」
「あれ、駄目?」
アシャが睨んだのは体を倒す時にわずかにユーノが顔をしかめたせいだ。腕の傷が痛むのだろう。馬鹿なことをするんじゃないと、それは口止めされているから言えずに制すると、ひょいとおどけて眉を上げたユーノが肩を竦めた。
「アシャなら立派な『お姫さま』で通るんだけどなあ。ユーナ・セレディスを名乗ってもらっていいのに」
「なら、姉さまはどうするの」
「アシャの代わりに付き人をするさ」
にやりと笑って屈み込みながらセアラの額を指で突く。愛おしげな優しい仕草だ。それから気持ちを切り替えたように体を起こし、
「それとも旅に出るかな?……いろんなものを見てみたいし」
何かを探すように逸らせた瞳にひどく寂しそうな色が漂った。
「冗談はそこまでにして、早く広間にいかなければ。お使者をお待たせしていますよ」
「はい、はぁい、と。アシャは?」
「アシャもです」
「わかりました」
アシャはうやうやしく頭を下げた。