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「!」
押し込まれていたユーノが相手を一瞬弾いてほっとする間もなく、落ちかけたクノーラスを引き寄せ庇い、階段をなお上に駆け上がって、アシャはぞっとした。
(何をしている)
確かに登っても降りても階段も壁もドヌーで一杯だ。クノーラスを餌食にするまいという配慮、窮地を切り抜けるとっさの判断の難しさもわかる。
しかし、階段は塔を内側で巻き上がりつつ頂上に繋がり、アオクの話によれば物見台で終わっている。どれほど急いで駆け上がろうと行き詰まりになるのは火を見るより明らか、そのことにユーノが気づかないとは思えない。加えて、城の構造はユーノも聞いていた、己の所在を見失っているとも思えない、なのに。
(また)
クノーラスの剣を受け躱しながらどんどん上へ移動していくユーノに、凍てつくような想いを味わう。
(なぜ…)
「あっ」
思わず声を漏らしてしまったのは、それがゼランの言い残した罠だと気づいたからだ。イルファが自分の身を敵に晒すと言ったそれが、目の前に最悪の状況となって実現しつつある。
(自分の命を一度は必ず無防備に晒す、それも自分では気づかずに)
「そう、か」
深い納得がアシャの身内を走った。
だからこそあれだけの剣の才能をもってして、カザド兵ごときに繰り返し傷を負った。今までは多勢のせい、もしくは不意打ちの状況、そんなものを考えていたのだが。
(これは違う)
ユーノが剣を揮うたび、それは常に生き残る限界訓練になっていた、だからこそあれほど早く剣の才能が伸びたのだ。
天性のものと、後天的に加えられた容赦ない鍛錬、それこそがユーノの剣を創ってきた。
(少女として笑うことも、子どもとして甘えることもなく、安らぎ一切を代償に)
その運命の過酷さが磨き上げた珠、それがユーノ・セレディス、ということだ。
そして、その鮮やかさと切なさに、アシャの愛おしさは募っていく。
「く、そ」
またもや相反する気持ちを抱きながら、アシャは迫ってきたドヌーを倒し階段を振り仰いだ。
(しかも、あんなことまで、する)
無慈悲に振り下ろされる剣を受け止めるユーノ、アシャなら、次はクノーラスより少し離れて相手の胴を狙うだろう。足場には余力があり、ドヌーもまだ追いついてこない、今ならクノーラスを失神させる程度に叩き伏せられるはず、なのにユーノはその瞬間、普段の彼女からは考えられないような虚ろさで身を引き、そのうえ相手がうちかかってくるまで剣先を下げたままで身を晒して待っている。
確かにそれはほんの一瞬の隙、すぐに反撃に移ろうと身構えるのだが、アシャ同様相手を屠ると決めれば怯まない『運命』が、そんな隙を見逃すはずもない。クノーラスも一気にその隙につけ込んで迫っていき、ユーノは微かに戸惑った顔で攻防に入る。
きっと、なぜ数瞬で間合いを詰められたのかわからなかったのだろう。クノーラスの技量が優れていると考えているのかもしれない。
(何て罠を)
アシャは歯を食いしばった。
ユーノに教えた剣法に、いや危険回避の感覚そのものに、ゼランを乗っ取った『運命』はユーノ自身を自ら追いつめていくような隙を生むようなものを植え付けておいたのだ。
(どうすれば、あれから解き放てる)
血の気が引くような苛立ちと焦りがアシャの胸に広がった。
(どうすれば)
今教えている動きだけでは不十分だ。何を危険と考えるのかから組み直さないと、ユーノの剣は常にぎりぎりの勝利しか得られない。
それは、万に一つの機会に『運命』の刃に首を差し出すということだ。
(何からやれば)
今しも、クノーラスの追撃をかわしたユーノが足下に忍び寄っていたドヌーに気づき、移動先を求めて辺りを見回している。左の空間にはドヌーはいない、なのに、ユーノは、わざわざドヌーがごじゃごじゃ集まる隙間へ身を投げて、間一髪クノーラスの剣を躱そうとする…。
(くそっっっ!)
「ユーノっ!」
アシャは拳を握り締めて叫んだ。
「左だっ!」
びくっ、とユーノが震えて動きを止める。




