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二人の母がなぜ結婚したのか、寛太にとっては永遠の謎である。 母ユウは空気が読めるが、母綾実は天性のKYである。
母ユウは打算で動くが、母綾実はほとんど感情で動く。
母ユウは片付けが出来ないが、母綾実は家事関係何でも出来る。
母ユウは理系女子、母綾実は生粋の文系女子。
ユウは玉ねぎが嫌い、綾実はピーマンが嫌い。
ユウは十分前行動、綾実は時間にルーズ。
ユウは鉄道ヲタク、綾実は特撮ヲタク。
とまぁ、枚挙に暇がない。
こんな真反対な性格でよく夫婦生活が成り立つものと、寛太自信、長年みていて驚くものである。
いつか、綾実に訪ねたことがある。
「お互いに不満な事ってないの?性格真反対じゃん。」
一応綾実に聞いたつもりだったが、先に答えたのはユウだった。
「あるに決まってんじゃん。」
「そうね〜……でもねカンちゃん、夫婦は真反対なくらいが長続きするのよ。」
「そういうもんさ。綾が何だかんだ一番やりやすい。」
「そーねー、ユウちゃん私がいないと寂しくて死んじゃうもんねー?」
「そっくりそのまま返しますよ、姫。」
「キャッ、姫だって〜!ねぇユウちゃん!もっかい言ってよ!」
「やだよ。」
「お〜ね〜が〜い〜!夜も遊んであげるから〜!」
「思春期の息子の前で何を言ってんのよアンタは。」
寛太は真面目に聴くのは諦めた。
なんだこれは。どこにでもいるただのバカップルではないか。
結局のところ何を思って二人が結婚したのかは分からないが、 二人ほど適合する夫婦はいないという事がよく分かった。
翌日の学校にて。
「うちのパパとママ、 超仲いいんだよ〜。」
「うちの父ちゃんと母ちゃんは喧嘩ばっかりしてるぜ。」
学校でそんな会話になっても、寛太は 多くの場合加わらない。
というか周りの同級生達が、加わるなという雰囲気を出しているのだ。
なぜなら寛太の家には、ママしかいないのだから。
小学生ということもあって、サバサバした同級生が多かった。
しかしなんとなく子供心に、『ママしかいない』寛太は、彼らにとって『異常』だったのだろう。
離婚や死別とは違い、ハナから母親が二人いる家庭など、日本広しと言えど、そういるものではない。
「カンちゃんところは、何でママしかいないの?」
だから俺が聞きたいよ。
口に出すのを何度も我慢していた。同じことを聞かれるのが面倒なのもあったが、その質問に、どこか軽蔑の意図が感じられるのが、 どうしても我慢ならなかった。
この前同級生をかばった時は軽く受け流せたのに、この頃、そういう話がどうも耳に障るようになり、どうしても 我慢ならなくなりつつあったのだ。
寛太自身、どうしてこんなにイライラしているのか、わからなくなっていた。
「何がおかしいの、母親が二人いて?」
一度だけ、それとなく尋ねたことがある。
まともな答えを返せた同級生は、一人もいなかった。
黙って立ち去るならまだ良かったが、さも気持ち悪いものを見るかのように、睨みつけてくるものまでいた。
そんな中でも、なぜか自分に関わってくる者がいた。
白井ナオト。クラスの同級生で、寛太が知る限り、最も影の薄かった者だ。
以前ノートを貸してやったのがきっかけで、やたら図書室の本を勧めてきたり、校門前の駄菓子屋で一緒に買い食いする頻度が多くなった。
「寛太〜! 宿題終わった? 俺終わってない!」
「なのにそれだけ元気ってことは、『写させててくれ』って頼みに来たってこと?」
「ご名答、褒めて使わす。」
「何威張ってんだ。しゃーねー、今回だけだぜ?」
彼だけは、寛太の両親がレズカップルだと知っても、全く顔色を変えなかった。
幸か不幸か、寛太にまとわりついてきたのは、彼だけではなかった。
白萩ユナ。 PTA会長の娘で、家は、町内で評判の金持ちだった。
「寛太、 今日こそ私と付き合いなさい。」
「ヤダ。」
「じゃあ一回デートしなさい!」
「ヤダ。」
「手ぇ繫ぎなさい。」
「まっぴらごめん。」
ユウと綾実の遺伝か、無駄に顔がいい寛太。
彼氏を作るのがブームみたいになっていた学年の中で、クラスの女王様を気取っていた彼女が行き遅れるという状況が、どうしても我慢ならなかったのだろう。
「桜ノ介のやつ、『無駄に』は余計だっつーんだよ。」
「何よ、あんたの家はどっちもお母さんで、女親が二人もいると過保護になるから、外に出して刺激をあげようってのに、私の親切を無下にして。」
その時、寛太の中で何かがプツンと切れた。
ユナは確かに騒がしい性格だったが、どこかで『それ』だけは言わないと思っていた。
付き合うどうこうはともかくとして、普段から割と一緒にいる人間が、『ずっとバカにされ、苦しんできた両親のことを悪く言わない』という淡い期待があった。
でも今の発言は、あからさまにバカにしていた。
自分の大切な家族を、尊敬する大事な両親を……。
無論、煮え切らない返事をしていた自分も悪いことはわかる。
でも、それと両親を侮蔑するのは別問題だ。
「じゃー聞くけど、 彼女って何ができんの?」
「あんたそんな事もわかんないの?あんたの【変なお母さん達】に出来ないことができんのよ。
一緒に出かけたりご飯食べたり、抱き合ったり手ぇ繋いだり、愛してあげられるでしょ?」
突然寛太は後ろを振り返り、ユナの胸ぐらを掴んで後ろのフェンスに押し込んだ。
「おい寛太、 女子に手をあげるのはまずいって!」
一緒にいたナオトが止めに入ろうとするが、目の血走った寛太の耳には入らない。
「そりゃあ便利だな彼女って!!!……でもそんなもん、うちの母ちゃん毎日やってくれるけど!?」
声は嘲笑うようだが、目と表情には怒りが満ちていた。
さすがのユナも、寛太が本気でキレたことに気づき、恐怖に打ち震えている
世渡りがあまり上手い方ではない寛太。 これがまさか、学校生活始まって以来のプチ事件を引き起こそうとは、 夢にも思わなかった。