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俺には母が二人いる件  作者: 芭蕉桜の助
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人は誰しも考える。



自分はいかにして生まれたのか。

自分はどこへ向かっているのか。

自分はどのように終わるのか。



そんな高尚なことを考えられるほど、彼は成長していない。




寛太が初めて考えるきっかけとなったのは、小6の保健の授業である。


「えー、このように、着床の確定をもって妊娠となります……。」


いかにも事務的に、教科書をなぞるように講師は言った。


(じゃあ、オレは?)


これまで疑問に思ったことはなかった。


寛太にとってはユウが、周りと比較した時の『父親』ポジションに当たると思っていた。

だから彼女たちの間に自分が生まれても、特に問題はない……ハズなのだが……。


(二人共……付いてねーよな。ナニかが……)


着床に必要な物質を分泌する器官が、綾実にもユウにも付いてない。そのうち生えるものとすら思った。ところが……。


(オレ、付いてるよな……昔から。)


帰ったらそれとなく聞いてみればいい。


帰りの会が終了し、そそくさと荷物をまとめて帰ろうとした時。




「生意気なんだよテメエ!」


教室から騒がしい声がした。


騒ぎに耳を傾けると、クラスメイトの一人が学年の問題児に詰め寄られていた。


やられている方が身長が低く、攻撃しているほうは運動部で鍛え上げている上に、何人も取り巻きがいる。

どう考えても不利である。


「佐々木君にぶつかっといて、『ごめんなさい』で済むと思ってんのか、ァアン!?」


寛太は必死で笑うのを堪えた。


(下らねー、 昭和のチンピラじゃあるまいし。)


「ごめんなさい……あの、僕急いでるんで……。」


「うるせーよ!お前ちょっと付いて来いよ!」


無理矢理立ち上がらされ、 おそらく体育館の裏にでも連れて行かれようとしているのだろう。


「軽りーな、あ、お前未熟児なんだっけ?可哀想になぁ、 親のせいで弱っちく生まれちまってよォ。」


引きずるように彼を外に連れ出そうとするいじめっ子たちを、寛太は何の気なしに呼び止めた。


「やめとけば?バレたら怒られるよ、お前ら……。」


「なんだよ嶋崎……しゃしゃんなよ。殺すぞ。」


寛太を巻き込んでしまったことに対してなのか、 先ほどから必死に彼は謝っている。



「田中は謝ってんじゃん。放しなよ。」


「イライラさせるこいつが悪いんですぅー!謝って済むなら警察は要りませぇーん!」


寛太の忠告に、まるで耳を貸さない取り巻き達。


「大体弱っちーんだコイツ、未熟児だかなかな……」


品定めするように彼をじろじろ見る取り巻き、だが……。


バキッ!!


鈍く重たい音と共に、取り巻きは寛、太の回し蹴りをまともに喰らった。


「オレも、未熟児ですが?」


寛太が生まれた時の体重は、1.8 kg。男児の平均体重を大きく下回る。


ところがユウは、空手の免許皆伝者。 例えばたった一度、「鍛えてくれ」と何気なく言っただけで、 数年にわたり彼女からスパルタ教育を受けてきた寛太。


まして、クラブ活動をサボり、運動を怠け、一人では叶敵わないからと、数人がかりで襲ってくる奴らを全滅させるのに、10秒も必要としない。


「嶋崎テメー!!センセー呼ぶぞ!?」


「ぜひ呼んで、 きっちり状況を説明してくれ。お前ら自分がどうなるかわかってないみたいだから、頼むよ。」


「汚えぞ!足元見やがって!!」


「奇遇だな。数秒前のお前らに俺もそう思ってたよ。」


「覚えてろよ!? 俺の母ちゃん PTA 副会長なんだからな!!

お前のあの気持ち悪いレズの母ちゃんたちがどうなっても知らないぞ!?」


「ハイハイ、行けば?センセー来たけど?」


どんな脅しまるで意に介さない寛太。 いじめっ子達は尻尾を巻いて逃げ出した。


「アザ作ったのは失敗だったな……鼻血噴かせたのも。」


状況を飲み込めていないわけではないのに、決して落ち着きを失わない寛太。

いじめられていたクラスメイトの田中は 鼻水と涙まみれになって咳き込んでいる。


「ごめん……なさい……ごめん……なさい……!!」


「別にお前わるくないじゃん。良いよ、母ちゃん達の事は俺じゃどうしようもないから、気にするだけ無駄。ほら立てる?保健室行こう。」


寛太にビビっている以上 下手なことしなければもう手は出してこないだろうと思い、騒ぎになるのを防ぐ為、状況の詳しい説明は避けた。



ロドリゲスが経営するオカマバーでジュースを一本ご馳走になったが、なぜか寛太が同級生をかばったという話が広まっていた。






大変なのは、家に帰ってからだった。






いつものように綾実に抱きしめられた後、自室に上がって宿題をしていると、電話がかかってきた。

その時は、綾実が電話相手の誰かに、何やら陳謝していたが、 夕食が終わった後で、ユウに「座って待て」、と言われた。


珍しく、真面目な話をする時の声のトーンだった。 最もいつも彼女の話は、綾実に比べてテンションが低く真面目なのだが、こういう時は、何か説教をするパターンであった。



数秒の沈黙の後、ユウがゆっくりと口を開いた。


「アンタ今日、PTA副会長の息子、殴ったって?」


嘘をついてもこの母には分かってしまう。 12年も息子をやっていると、分かってしまうもので、寛太は素直に首を縦に振った。


「なんで?」


「田中とぶつかって、 謝ってんのに、あいつらがどっか連れてこうとして、暴力振るうんじゃないかって……。」


「顔上げな。」


ユウの声がすこし大きくなった。


だが、慌てて目線を上げた後、口を開いたのは綾実の方だった。


「カンちゃん……!!」


明らかに怒られる……!!


普段怒らない彼女の怒りに、阿鼻叫喚の地獄絵図を覚悟した時。


ギュッ!!


家に帰ってから、一日に2度抱きしめられたのは、 何度目だっただろう。


普段はない珍しいことなのは間違いなかった。


叱られると緊張していたせいか、自然と息苦しくはなく、むしろ安心感さえあった。


「えらいっ!」


「違うでしょ綾……叱んなきゃ、」


「ユウちゃんもう叱ったでしょ?」


「いや……そうだけど。 キレてたんでしょ?相手の親……。」


「ううん。なんか学校から出て行けとか。親に問題があるとかあーだこーだ言ってたからテキトー謝っといた。」


「テキトーにって……典型的なモンペじゃん。あーめんどくせー次の保護者会。」


「サボりなよそんなの。でもね、カンちゃん。手を挙げた事は謝らなきゃダメ。 怪我した相手は痛い痛いだったからね?」


黙って頷く寛太が、グズグズ泣き出したのに気づいた綾実。


「うわ、泣いてんの?珍しい。アンタ肝座ってんのに……。」


ユウが呟くと、寛太は更に泣き出した。


「だって……アイツ等が、『母さん達がどうなっても知らない』って言うから……。」


「なーんだ、そんなこと気にしてたの?ホントに優しいのね〜、カンちゃんは。」


綾実が頭をなでながらたしなめる。


「いーんだよ。PTAを敵に回したって、ロドさんみたいな理解者はいっぱいいるし、 嫌になったら引っ越せばいい。

ぶっちゃけ何度かそうしてきたし。」


「……そうなの!?」


「色々あったのよねー。ユウちゃんも、私も……その度に何とか乗り越えてきた。だから、気にしなくていいのよ。」


「乱暴狼藉は良くないけどね。それだけは謝んなよ。」



「うん……グズッ……。」








就寝前。


「カンちゃん、たまにはリビングで、川の字寝しよっか。」


「え〜、オレもう小6……。」


「川の字寝したい〜したい〜したい〜!」


いつもなら断るところなのだが、その日の綾実がいやに強情だった事と、 ついさっきまで甘えさせてもらっていた手前、 その夜は承諾することにした。


「じゃあ、カンちゃん真ん中ね……いいでしょ、ユウちゃん。」


「いいよ。」


「なんで!?」


「真ん中じゃないと、どっちかがぎゅーってできないでしょ?」


「両方から抱きつかれたらオレ眠れねえよ!!」




様々な協議の末、二人と少し間隔をあけた上で、挟まれることになった。


「久しぶりねーこういうの。」


「綾……寛太絞め殺さないでよね?」


「する訳ないでしょ!?食べちゃいたいくらい可愛いカンちゃんを……。」


「だから心配なんだっつーの。」


実に変な気分だった。息子の溺愛話に(本人の前で)花を咲かせる変わった婦妻。


話を割ることに抵抗を覚えながらも、寛太は二人に尋ねた。


「俺と母さん達は……本当の親子だよね?」


「何言ってんの。綾には確かにあんまり似てないけど、私とあんたほどよく似た親子がこの世の中にいる?」


ユウが言うと、綾実が頬を膨らませた。


「カンちゃんは私にだって似てるもーん!優しいとことかー、癒し系なとことかー!」


「自分でいうか?」


このままだとまたいつもの、コミカルなノリになってしまう。


寛太は急ぎ、話を修正した。


「オレ、どうやって生まれたんだろう?」


「ん?」


「だって……二人共母さんじゃ、フツー子供出来ないっしょ?」


寛太は、即座に後悔した。二人共、黙りこくってしまったのだ。


30秒ぐらい経ってから、ようやく綾実が返事した。


「出来るわよ〜?」


「え!?どうやって!?」


「私とユウちゃんが三日三晩愛し合って……。」


何かどこかで聞いたようなくだりだが、寛太は黙って聞くことにした。


「宇宙怪獣コウノドリラスが 赤ちゃんをカゴに入れて運んで来てくれるのよ〜!それがカンちゃんだったの!!」


やっぱりどこかで聞いたやつだった。


しかも、特撮ヲタクの綾実ならではの、(至極余計な)脚色が施されている。


寛太が絶句すると、ユウがため息をついた。


「綾……マジメにやんなきゃ。

初デートでデッサンをしに行ったら、川から大きな栗がどんぶらこと流れてきてそれ割ったら寛太が出てきたんでしょう。」


(100パーウソじゃねーかそれェェェェ!)



こんなマジメな顔でウソをつく人間を、寛太は初めて見た。


「まだ橋の下で拾ったって方が信じるよ。」


「チッ……次はもうひと工夫するか。」


「工夫しなくていいから!!」


盛大にツッコミを入れるが、ことさら気分は虚しくなる。


「ねぇ、頼むから教えてくれよ……オレ、気になっててさ……。」


またもや、沈黙が起こる。


その、 さっきまでと違ってとても真面目な雰囲気に、寛太は何も言えなくなる。


今夜はもう寝ようかと思った時、ユウが静かに言った。


「寛太ごめん……もう少し待って。」


ユウに続き、綾実も呟く。


「ママたちが覚悟出来たら、ちゃんと話すから……。」


か細い声からして、どうやら二人とも泣いているらしい。


このリアクションではもう何も言えなくなった寛太は、 悪いことをしたと心の中で謝りながら、布団を被った。


まだまだ暑い夜が続くのだろう。


遠くの方で、蝉が鳴いていたー。

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