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俺には母が二人いる件  作者: 芭蕉桜の助
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・この家には、いくつかの『当たり前』がある。

寛太がそれを嫌になったのは、小学校に上がってからのことだった。


母、綾実は 人並外れたをおおらかさのハイテンションママ。あまりの人当たりの良さで、近所では有名だった。


「カンちゃ〜ん、おっ帰り〜!!」


「ムグッ!母さん、苦しいよ〜!」


胸が立派なものだから、抱きつかれると冗談抜きで苦しい。

友達に羨ましがられたことがあったが、寛太にはまるで意味が分からなかった。


ウチの恒例の一つ。


元アクトレスで専業主婦の母は、寛太と、もう片方の母親の帰りを玄関で待ち詫び、帰るとハグをかわす決まりになっていた。


小学3年生にもなると恥ずかしさも相まって、 裏口から入ろうとするのだが そういう時に限って、まるで心を読んだように、台所で待っているのである。


小学4年生の春先のこと。


「……ただいま。」


小説家をしているもう一人の母、ユウが、 喫茶店での執筆から戻ってきた。


最低限のメイクをする以外は大して化粧っけもなく、 ファッションは灰色で統一、髪は黒と、あまり目立たない。

綾実と違って口数も多くなく、どちらかと言うと愛想の良くない方なので、綾実より人当たりは悪い。


とはいえ、学歴的には綾実より優秀なので、 教わることが多いのはやはりユウの方だ。


「ユウちゃ〜ん!おっ帰り〜!」


「ハイハイ、ただいま……。」


「もっと言ってよ〜!」


「ただいま……アイシテル。」


「も〜棒読み〜!でも嬉しすぎっ!チュッ!」


料理をしながら缶チューハイでも飲んでいたらしく、 その日の絡み方はいつもと違った。


特別な日には特別な日のもてなし方がある。


それも、この家の『当たり前』の一つだった。


(キスまでするって…… 今日何か特別な日だっけ?)


テーブルの上には、生ハムピザや小エビのサラダ、 サーモンのカルパッチョにイカのアンチョビと、 やたら手間のかかる、それもユウの好きなものばかりが並んでいる。


中央にはシャンパンが置かれているが、給料日はまだ先だったはずだ。


玄関先で、ユウがバラの花束を渡したことでその謎は解けた。


「結婚記念日か……。」



昔は欠かさず祝いの品を用意していたのだが、 今年から始まったクラブ活動が多忙を極め、すっかり忘れていたのだった。


ほどなくして、近所でオカマバーを経営している、ロドリゲス伊藤(寛太の母二人はロドさんと呼んでいる)が訪問。



「カンパーイ!」


「はい、乾杯。」


温度差がありながら、仲のいいふたりの『乾杯』が交互に響き、伊藤と寛太もそれに続いてグラスを上げる。


「ぷっはー!うんまぁーい!」


「綾……程々にしなよ?この前も飲みすぎて体調崩して大変だったんだからさ。」


「大丈夫よーぅ! 今日はロドさんもいるんだから、 何かあったら病院まで運んでくれるって。」


「ちょっとやーよ?アタシをアテにしないでちょうだい。」


ロドリゲスはアフリカ人と日本人のハーフで、褐色の肌と桃色のモヒカンが印象的である。

体格はムキムキで、オカマバーを経営していなかったらプロレスラーでもやってたのではないかという程だ。


「いいじゃ〜ん!」


すでにだいぶ酔いが回っているらしく、声も笑い方もテンションが高い。

対照的に寛太は、どちらか分からない方向を向いて、 ちびちびとジュースを啜っている。


「寛太、どーした? 具合でも悪い?」


ユウに問われると、寛太は気不味そうに頷いた。


「いや……そういえば、何も用意してなかったなって思って……お祝いとか……。」


2秒ほど黙っていると、ロドリゲスがきょとんとして口を開いた。



「用意してたじゃない?」


「……え?」


「アラ覚えてないの? 3ヶ月前に花屋さんにお願いしてたじゃない。てっきり出すタイミングを 待ってるのかと思ったわ。」


その直後に、寛太は思い出した。


学校の祭りに向けて準備が忙しくなるからと、前もって花束を見繕ってもらっていた。

出来上がったものをたまたまその場にいたロドリゲスに預かってもらい、今日店から持ってきてもらう手筈だった。


「ロドさん!あれ……!」


「大丈夫、ちゃんと持ってきたわよ。」


ロドリゲスは大きなカバンから、『例のブツ』を取り出した。


「カンちゃん、それなぁに?」


想定していたタイミングから大きく外れ、かなり恥ずかしそうに、寛太は贈り物を出した。


「コレ……遅くなっちゃったけど、結婚記念日……。」


「まぁ!」


「びっくりした。私らの気づかない間に、こんなすごいの用意してたんだ。」


「小遣い貯めて……。」


「桔梗の花言葉は永遠の愛……乙なことする様になったじゃないの、カンちゃん……。」


ロドリゲスにもベタ惚れされ、照れ隠しでうつむいていた時。


「カンちゃ〜〜〜〜ん!ありがと!大好き!マジ天使!」


酔っ払った勢いも相まって、綾実はいつにも増して激しく抱きついた。


「綾、その辺にしときな。寛太が窒素するよ。」


「だってユウちゃ〜〜ん!私達の息子がこんな……立派にぃ……。」


そのまま嬉し泣きし出すのかと思いきや。なんと寛太を胸の中に抱いたまま寝付いてしまった。


「っぷはぁ!死ぬかと思った!」


「あ〜あ〜、我が妻ながらよくやるよ……。」


「そろそろお開きかしらね、ユウちゃん。」


「ロドさん、私らはまだ飲もうよ。悪いけど、ソファーに綾実、運んでくれる?」


「了解。」


ロドリゲスが軽々と綾実をソファーに運び、ユウが毛布をかけた。


「さて、と……。」


テーブルに座りなおすと、ユウは視線を寛太に移した。


「寛太はもう寝な。」


「オレももうちょっと喋りたいよ〜!」


「お前に聞かせらんない大人の話をするから、寝ろっつってんの。」


もっともな言い方をされ、 やむなくベッドへ向かう寛太。


ユウが本気で指示した時には逆らわない、それもこの家族独特の『当たり前』であった。


「待って。」


「ん?」


ユウに呼び止められ、ゆっくりと振り返る寛太。


「ありがとね。気に入ったよ花束。」


珍しく、ユウからも優しく抱きしめられた。


ちょっとこっ恥ずかしいさを覚えて、ベッドの中に飛び込む。










少し変わっていても、 この二人の母親の元に生まれて良かったと、再確認した夜だった。




寛太が寝静まった後。静かになったリビングで、ユウとロドリゲスは晩酌していた。


「大きくなったわね、カンちゃんも。」


「私もビックリ。 あんなサプライズが待ってるなんてね。

寛太を助けてくれてありがとう。」


「それはいいんだけどさ、そろそろ教えてくれないかしら?」


「ん?」


少々辺りをはばかるようにして間を開けてから、ロドリゲスは小さな声で尋ねる。


「カンちゃんの父親の事よ。」


「あぁ……。」


「嶋崎はアンタの姓だろうけど、アンタも綾ちゃんも、生まれながらにオンナよね。 あの子は一体どう生まれたのかしら?」


その質問をしてしまったことを、ロドリゲスは後悔した。




明らかに、ユウが困った顔をしたのだ。


「……野暮、だったわね。」


「ごめん……。」


「謝るのはアタシの方。やな事聞いちゃったわね。」






何も返せないユウと、ごまかすようにグラスを仰ぐロドリゲス。


ユウが後ろめたい何かを象徴するように、その日の酒は濁った味がした。



遠くで、 ミミズクの鳴き声がした。



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