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あゆみ

作者: 餅道蘭子

気になる人が出来た。私は特別素晴らしい人という訳でもない。勝手に人の事を批評するし、悪口も言う。おこがましいな、と感じた。

土曜日の朝、改札を出ると、雨は上がっていた。前から、舌打ちの後に、なんだよ、と軽く聞こえた。肌はきれい。年頃なくせに、ニキビが全くなく、歯も白かった。清潔感があった。かっこいいよね、と友達に話すと、わりと馬鹿にされた。後ろについて歩き出すと、あの子は猫背だということに気づいた。申し訳なさそうに左手で鞄を抱えて、申し訳なさそうに歩く姿が、なんとも言えないような、表現しづらいような、もどかしさだった。靴箱で一度目があった。するりとしなやかに上履きに履き替えて、階段を上がっていった。私も急いでついていった。いつも後ろ姿を見ていた。時々振り向く横顔を見つめたりもした。でも、いつも満たされなくて、私は友達に自慢するのだ。

その日の昼、私は帰り道の電車であの子と出くわした。それほど満員でもないのに、立っていた。鞄を抱えて片手で携帯を触っていた。耳に付いてるイヤホンになりたい、とさえ思ってしまった。あの子は自転車通学だから、私より、最寄り駅が学校から近い。降りる際に見ていると、また目があった気がした。切れ長の一重の目に吸い寄せられた。何気なく目をそらして、再びそっちを見た。熱く見た。後ろ姿を。長く息を吐くと、気持ちが全部流れてしまいそうだった。急いで集めて、あの子の顔を想像した。私は、出っ歯気味のあの口が好きだ。弁当を食べる時にたくさん含むあの口が好き。高くて折りたくなるようなあの鼻も。眼鏡の奥にある細い目も。きめ細かい肌も。友達とはしゃぐ高い声も。全部、全部好きだった。思い返すと、学級写真で見つけたあの日から、私は恋してたのかもしれない。

橋の上で、小さな子供二人と、その子供たちのお父さんとお母さんを見た。四人とも幸せそうで、両親は手を繋いで歩いていた。ふと、両親を、私とあの子に当てて想像してしまった。1人で恥ずかしくなって、早足でその場を去った。写真を見た日から、毎日毎日、あの子と私の未来を想像していた。友達との会話で、車が欲しいと聞こえたら、道に止まっている車を観察して、どのような車種が好みなのか話せるようにした。ショートカットが可愛いと聞こえたら、ショートカットにした。意識されることはなかった。それより、声をかけられることはなかった。行事があれば、決まってあの子の側に居たし、勉強の事で話しかけられやすいように、勉強も頑張った。痩せる努力もした。好きだから、こんなにがんばれたと思った。結婚したいと思っていた。

気づくと、卒業間近だった。あの子は東京の大学に行ってしまうらしい。こんな片田舎では、いい仕事にはつけないだろう。私は地元で就職して、ひっそりと暮らしていくつもりだった。私は、卒業文集のテーマを「初恋」にして、あの子の事を名前を伏せてわからないように書いた。それが精一杯の告白だった。この文集を、あの子が見たとき、どう思うんだろう。そう考えると、胸の中が熱くなった。放課後の教室で友達と話す姿を見て、私はいつも悲しくなった。卒業してしまったら、もう一生見られなくなると思うと、悲しくなった。最後の授業の後の放課後の日、あの子はよりいっそう魅力的に見えた。だけど、言えなかった。卒業文集は印刷されてるし、そもそも私には少しも勇気はなかった。

その日は突然訪れた。東京に憧れて、1人で観光に行ったお盆休みのことだった。私はあの子を見た。大きい交差点の、あの人混みの中で、私は確かにあの子を見た。映画とか本の中だけの話だと思ってた。現実に起こるなんて。「・・・さんだよね?」1人でいたあの子に話しかける。そうだよ、と返ってきた。昔はそれすら出来なかった私が、ようやく出来た。よく覚えていたね、とか、久しぶりだよね、とか、ろくに話をしたことないのに、一度離れるとこう話せる。当たり前の日常に感謝していかなければならないと思った。「お茶しない?」なんて突飛なこと。私は、前は口に出せなかった。今は忘れてたからかもしれない。世間話が一段落して、帰り際、あの子はそっと言った。あの土曜日の雨の日さ、・・・さんは僕のこと好きだったんだね。卒業文集を読まれた、とすぐさま思った。迷わず頷いた。あの子のことを見上げると、困ったような顔で笑っていた。あの子は、申し訳なさそうに背を丸める。私は全てを悟って、さようならした。あの子は私が振り返るまでずっと、ずっと私だけを見つめていた。

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