大切な記憶
激しい雨の降る、それでいて蒸し暑い夏の事だった。
僕の前に、小さな女の子が、どこからともなく煙の様に現れた。何の根拠も無かったが、僕は直感でこう思った。
この見知らぬ子はきっと、幽霊なのだと。
少女は当然の如く僕の家に居座り、時々僕に甘えるような素振りを見せては、僕がそれに対して無反応でいると、頬を膨らませて妻の元へ行ってしまう。
妻も最初は僕とその子の様子に困惑しているように思えたが、すぐにこの状況を受け入れることにしたのか、幽霊の少女と二人で遊ぶまでに適応していた。元々、僕と妻はあまり話をする事が無かった分、妻には良い暇つぶし相手だったのかもしれない。
僕はというと、最初こそ驚きはしたものの、すぐに害は与えないと気付くと、野放しにしていても問題無いように思えたのだった。
もちろん、何かコミュニケーションを図ろうとも思ったが、少しの恐怖と、それを見ていると感じる愛着から、ずっと見守っていようという気になったのだ。
僕はしばらく、幽霊と妻と三人で日々を過ごした。
そんな日々も定着してきて迎える、ある真夏日。
僕の前に、もう一人の幽霊が現れた。
次に現れたのは、見知らぬ同世代くらいの女性だった。
最初に現れた幽霊の事もあり、少しは幽霊という存在に慣れてはいたものの、最初はやはりその存在の恐怖に慄き、自分の部屋に閉じこもったのを覚えている。
しかし、この幽霊の女性は、最初の女の子の幽霊とは打って変わって、全く僕に話しかけてくることは無かった。もちろん、害を与えるでもなく、ただそこに存在しているという感じだ。
僕は少女の幽霊と同じように、この女性の幽霊も受け入れることにした。
こうして、僕は二人の幽霊と共に日々を過ごす事になった。
しかし、少し僕は油断しすぎていたみたいだ。
夏も終わりかけの、風の強い日。
二人の幽霊は、ついに僕に手を出した。
僕を二人がかりでどこかに連れて行こうとするのだ。そこは冥界だろうか。黄泉の国だろうか。きっとこの時を待っていたのだろう。油断しているところを狙うために機会を伺っていたに違いない。
僕は二人を振り払うと、とりあえずすぐに警察所を目指した。
しかし、すぐに立ち止まった。幽霊にどこかに連れて行かれそうだと説明しても、きっと変な人だと思われ、結局僕を助けてはくれないような気がしたのだ。
こういう時に頼れるのは、自分の母親しかいない。
僕は実家を目指すことにした。
恐怖も混じってか足早に歩いていると、綺麗な海が見えてきた。
ぼんやりと眺めながら歩いていると、足が止まった。
あれ、僕は、どこを目指していたんだっけ。