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-100- 究極の困難

 人には困ったことに、究極の困難という切羽せっぱ詰まることが人生で何度か訪れる。もちろん、一度も訪れず、人生を平穏無事に生きてお亡くなりになる方もなくはない。なくはないが、世間一般では通常、よく見受けられる。

 久山は今年で85になる独居老人だ。妻に先立たれ、子供に恵まれなかったということもあり、今は寂しい身の上となってしまった。それでも久山は、自分のような身の上の人間は世間に五万といる…と考えられたから、まだよかった。孤独感にさいなまれ、思い余って自殺で命を落とす老人のニュースが、つい一週間ほど前にもテレビに流れたところだった。

 梅雨つゆが明け、ムッ! とする猛暑の熱気が身を包むようになると、久山は独自計画により夏対策を実施し始めた。久山にすれば熱中症で倒れる人たちの気が知れなかった。40℃だったら、フツゥ~ダメだろうが…と久山は考えた。首から水筒をブラげ、片時も水を絶やさなかった。喉が渇こうと渇くまいと、一定時間でグビリグビリと飲んだ。朝からステーキを食べ、高蛋白、メガビタミンを心がけた。お陰で、この独自計画が功を奏し、究極の困難は久山には訪れなかった。その生活リズムが20年以上続き、今は85になる久山だった。

「どれ、暑いが久しぶりに映画でも観るか…」

 久山は観たかったなつかしの映画を観ようと、着物姿で街へ出た。水筒は相変わらず首から提げ、冷房で十分、身体を冷やしてから家を出た。万事抜かりないように久山には思えた。バスで街へ出て街に着く頃になると、急激に体温が高まり、汗がにじみ始めた。いかん、いかん…と久山は水筒の水を、いつものようにグビリグビリと飲んだ。これが、いけなかった。正確に言えば、この日の水がいけなかった。高温と洗っていなかった水筒の所為せいで中の水が痛んでいたのだった。しばらくするとにわかに差し込むような痛みが久山の腹に走った。

「ぅぅぅ…」

 痛みは便意をともない、急速に強くなった。久山はそのとき、多くの群衆の中に閉じ込められていた。身動きがとれず、トイレを探す騒ぎの話ではない。久山に訪れた究極の困難だった。

「ぉぉぉ…」

 いつの間にか、ぅぅぅ…がぉぉぉ…?になっていた。久山は戦場の兵士のように死に物狂いで敵陣突破を敢行かんこうした。その甲斐かいあってか、なんとか群集からのがれられた。逃れられたとはいえ、まだ痛みは消えていなかった。当然、便意も強まり、限界が近づいていた。幸い、遠くに公衆便所が久山の目に入った。久山は一目散に走ったが漏れそうになり危うく止まった。こうなれば仕方がない。チラホラと通る人の目もある。ここは究極の困難からいかに逃れるか・・である。久山は一歩いっぽ、そしてまた一歩とを進めた。ようやくトイレへ駆け込み用を足し終えたとき、究極の困難は久山から去ったように思えた。ところが、ドッコイ! である。トイレット・ペーパーがなかった。迂闊うかつにも、そのときの久山には手持ちの紙がない。さあ、どうする、久山! 

 久山はステテコを脱いでくと、勢いよく水にジャァ~~と流した。下着は身に着けていなかったから、急に涼しげになり心地いい。久山は悠然(ゆうぜんと公衆便所から出た。気持よくそぞろ歩くと、下半身の心地よい事情で、汗も出ない。これはいいぞ…と久山は思った。究極の困難が至福にチェンジしたかのようだった。そのとき、一陣の風が…。俺はマリリン・モンローかっ! と、思わず久山は着物のすそを両手で押さえた。それが久山に訪れたふたたびの究極の困難だった。


                   完

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