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-1- 身体の要求

 もういいかな? と思った苔川こけかわは、もう一度、デパートのトイレへもどった。だが、やはり人の波は途切れることなく、いや、返って前より増えているぞ…と、苔川の目には映った。困ったことに、便意はその激しさを増し、少しずつ限界へと近づいていた。身体の要求なのだから誰に文句を言うこともできない。もちろん、誰もこれこれこうです・・と説明しても、その気分は理解してもらえないのだから仕方がないのだが…。

 苔川はとりあえず、列に並んだ。そして、前で並ぶ男にそれとなく列が出来ている訳をたずねてみた。

「なぜなんですか?」

「いやぁ~私もよくは分からんのですが、トイレの水が急に止まったらしいんですよ」

「トイレだけですか?」

「はい。それも大だけが、突然ね」

 きたない話ながら、流れなければ水洗トイレはお陀仏なのである。さて、どうするか? が今、苔川に与えられた緊急の課題となっていた。このまま列に並んで待てば、水が出るまでに恐らく立ったままスッキリ! することは目に見えていた。スッキリ! といっても、困ったことに、臭気しゅうきをともなう気分の重い下半身の最悪な状態は残るのである。苔川としては、何が何でもそうなることだけはけなければならない。では、どうするか…と、苔川は迫り来る便意の中、はて…? と考えた。都合よく、小一時間ほど前に買った小物の紙袋があるにはあった。いざ! というときは紙袋の中へ…という推理ドラマの筋のような発想がふと、浮かんだが、問題はそのときのコトをたす場所である。トイレは人だらけでダメなのは言うまでもない。人のいない場所…と巡れば、屋上…と苔川はひらめいた。それも、人の気配がない片隅かたすみで…という発想である。苔川は動ける間に…と、列を離れるとさっそく行動を開始した。身体の要求は、まだ苔川に時間を与えていた。

 エレベーターで屋上へ昇ると、幸いにも人の気配はないように思えた。苔川は助かった…と心底しんそこ、思った。そろそろ身体の要求も、どうですか? と訊ねてきていたから、いいタイミングだった。苔川がコトを果たそうとズボンを下げ袋を広げたときである。苔川は後ろから肩をトントン・・と指先でつつかれる感覚を感じた。恥ずかしさとギクッ! とする驚きの気分を同時に覚えながら振り返ると、先ほど前に並んでいた男が笑顔で立っていた。

「ははは…あなたもですか?」

「えっ? まあ…」

「お隣り、いいですかね?」

「えっ? ああ、はい…」

 苔川に断る理由は見つからなかった。二人は並んで中腰になると、袋を広げて身体の要求に従った。


                       完

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