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黒い白百合  作者: 髙津 央
第一章 失踪事件
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08.それがな

 魔道犯罪対策課は、課員三名の小さな部署だ。

 部署が新設された際、倉庫の一部を改装し、壁で仕切って部屋も新設された。他の部署からは、心理的にも物理的にも距離がある。

 問合せなどに対応する為、昼休みは時間をずらし、交替で取る。順番は日替わり。

 今日は、三千院が最後だ。


 空き腹を抱え、休憩室の前を通過すると、江田英美が憑いて来た。

 「どこ行くんですか?」

 「昼ご飯食べに……今日は食堂にしようかと」

 口に出してから、しまったと思ったが、江田は特段気にするでもなく、目を輝かせて隣に並んだ。

 「わぁー、懐かしいぃー。高校の学食みたーい」

 食堂の入口で、江田が歓声を上げた。


 仕事柄、休憩時間をずらす部署は多く、この時間でも、席は半分程埋まっている。

 入口の券売機で食券を買い、カウンターに出す。

 作り置きのB定食に熱い湯気を立てる味噌汁と、ごはんがよそわれ、待つ程もなく、トレイが置かれた。


 こんな時間まで、定食が残っていることが不思議だったが、謎はすぐに解けた。

 仕切りの付いたプラスチックの平皿に、鯵フライとサラダが乗っている。


 フライには、黒っぽい物が混ざった黄色いソースが掛かっていた。

 すりおろしたニンジンに、リンゴとレーズンを細かく刻んで加え、カレー風味にした物だ。

 リンゴのシャリシャリした食感、レーズンの甘酸っぱさ、業務用のカレー粉が不協和音を奏で、鯵の生臭さとも相俟って、大変、評判がよろしくない一品だ。


 ついでに言うと、サラダの水切りが不十分で、フライが水浸しになる事態もしばしば発生する。


 誰が何を考えて、こんな奇抜なソースを作ったのか。

 苦情や使用中止の要望が、多数寄せられている筈だが、食堂側は、頑なに鯵フライのソースを変えようとしなかった。


 レモンやウスターソースなどの選択肢はない。

 最初から、たっぷりかけた状態で提供される。


 「わぁー……なんか、変わったソースですねぇ」

 向かいの席に座った江田が、言葉を選んで感想を述べた。

 三千院は、無言のまま、箸で丁寧に特性ソースをこそげ落とす。三千院は、苦情も要望も出したことはないが、レーズンの量が多過ぎることと、リンゴの存在が敗因なのではないか、と密かに思っている。

 せめて、レーズンが丸ごとなら、箸でつまめるので排除も容易だが、みじん切りになっている為、レーズン単体の除去は不可能だ。食材が切ってあることで互いに味が染み、悪い方向に溶け合っている。


 「このゲロソース作った奴、絶対、味見してへんわな」

 「こんなん、他の調理師は、なんも思わんのやろか?」

 リンゴの食感と甘酸っぱさにカレー粉の刺激が加わるせいか、特製ソースには不名誉な通称がある。


 「それがな、橘警部の捜査では、厨房を仕切ってるおばちゃんのオリジナルらしい。年季(ねんき)入った人やから、他の調理師さん達は逆らえんで、まかないも、おばちゃんが見てへん時、ほかしてる(すてている)、て言うてはったゎ」


 すぐ後ろの席から、合同捜査本部長、一課の橘の名が聞こえ、三千院は箸を動かしながら、耳をそばだてた。


 「それでな、そのおばちゃんに逆ろうたら、イヤミ言われたり、細かいイヤがらせされたりで、仕事やりにくなるから、よぉ言わんらしい」

 「そんなん、みんなイヤやろう。団結したらえぇん違うんか。おばはん一人くらい」


 「それがな、長いモンには巻かれろ言うんか、腰巾着みたいなナンバーツーも居るし、波風立てたない言う、事勿れ主義の奴が多ぅて、儂らの要望に応えてくれようとした人らを悪モン呼ばわりしてな、いびって追い出してもたことがあるんやて」

 「そんなん、パワハラ(ちゃ)うんか。人事へ言いに行ったらえぇのに」


 「それがな、別に暴力や暴言がある訳やないし、証拠が残らんように、ありもせんミスでっちあげて、シンパで固めてネチネチ責める手口らしい。言うてることだけ聞いとったら、まともなこと言うてる風やから、口応えし難いんやて」


 捜査本部長・橘警部から話を聞いたと言う刑事は、味噌汁をすすり、話を続けた。

 「それにな、本人以外には、ミスがホンマかどうかわからん。その人がミスした証拠はないけど、してへん証明もでけへん。証人多数で追い込まれるらしい」


 「そんなん、えげつないなぁ……他の奴らは、それ見て何も動けへんのか?」

 「それがな、自分にとばっちり来るんイヤやから、見て見ぬフリらしい。睨まれていびられてる奴と喋っただけでも、ネチネチ言われるから、仕切りのおばちゃんと腰巾着の居るとこでは、挨拶も無視やし、仕事で話し掛けても返事せんらしい。そもそも、やってへん証拠もないんやから、取り巻きやない奴も助け船を出し難いやろ? 孤立無援や」


 「そんなん、人の好き嫌いで、業務に支障が出るとこまでやるか? 普通……」

 「それがな、ホンマにやってるから、しょっちゅうパートの募集が掛かっとんのや。鬱になって辞めた人らは、訴える気力もないやろし、ホンマ気の毒やで」


 「そんなん、警察の中でほったらかしにしとってえモン違うやろ。他所でもアカンけど……まともな人は、じっきに辞めてもて、性根の腐ったカスばっかりやから、こんなモンしか出て来えへんのか」

 「それがな、神楽岡さんが言うてはったんやけど、その仕切りのおばちゃんより腕のえぇ奴は、入って早々潰される言う噂もあるらしいで。ナンボ言うても、おかずが水浸しになってるしな。腐った人間関係ばっかり一生懸命で、当たり前のことに気が利かんようなってもてんねや」


 「そんなん、通るんかい! しょうもないことばっかり一生懸命になってるから、本業が疎かになってまうねんな。せやけどホンマ、アレやな。ロクに仕事もでけん奴が威張ったら、ロクなことにならんなぁ」

 「それはな、仕事の出来不出来やのうて、人間性の問題やわな。声が大きいだけのスカタンに話合わして、権力与えてまう奴らも、おんなじくらいアカンねんけどな」


 「そんなん、……やる奴は大概、自分は被害者で主犯が怖ぁて言うこと聞くしかなかった、ホンマはイヤやった、自分は悪ない、て被害者面すんねんな」

 「それはな、従犯の奴らは、自分の意思でワルに従うて、他人に危害加える手伝いしときながら、罪の意識が低いからやねんで。主犯よりタチ悪いでなぁ」


 「そんなん、公判でも弁護士が、主犯に脅されてやむを得ず従うたから減刑せぇ猶予付けぇ、言うから余計、被害者面すんねんな」

 「それでな、民事でも、ワルの手伝いしときながら、責任逃れで従犯同士、罪のなすり合いの泥仕合や。そうやって賠償にも応じやがらん奴が多いしなぁ。ホンマ」

 刑事達は話しながらも、食事のペースは早い。


 「そんなん、野放しにしとったら、食堂のおばはんらもその内、どエライことやり兼ねんわな。今の内に一遍、人総替えして、人間関係解体してもた方がえぇん違うんか」

 「それがな、証拠があらへんから、どないもこないも……それに一斉解雇となったら、労基も黙ってへんやろ」

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野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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