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黒い白百合  作者: 髙津 央
第五章 心の罪業
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59.人生設計

 嵐山課長も同じ疑問を抱いたのか、世間話のような調子で聞いた。

 「普通て、どんな普通なん?」

 「普通は普通や。結婚して、俺おって、ヨメおって、子供生まれて、俺働いて、家帰ったら、ヨメがメシ作りもって(つくりながら)、『おかえり』とか言うて……そう言う普通や」

 「あ……あぁ、はい、凄く……普通……ですね」

 三千院は拍子抜けし、思わず頷いた。

 絵に描いたように平凡な幸福像だ。

 「ホンマにそんな、普通の生活したいねやったら、何でこんな普通やないことしたん?」

 嵐山課長も首を傾げる。これも尋問ではなく、思わず発した問いだ。

 新月は視線を落とし、目を閉じた。


 十秒程待ち、嵐山が問う。

 「それ、黙秘?」

 新月の目から、涙が零れた。三千院は、嵐山課長と顔を見合わせた。

 「ちょっと、休憩しよか?」

 嵐山課長が、やさしく声を掛ける。

 新月は、弱々しく首を横に振った。袖で頬を拭い、顔を上げる。

 「俺は……小百合と一緒に、普通にしたかっただけやのに……あいつが全部、無茶苦茶にしたんや」

 「あいつて、誰? 結婚に反対する人が居るん?」

 新月は、涙で声を詰まらせながらも、はっきりと答えた。

 「違う。三反長総作(さんだんおさそうさく)……小百合を轢逃げした奴や」

 充血した目が、空を睨む。

 三千院は、その名に聞き覚えがあった。去年、交番でうんざりする程、書類を作ったママ友事件。窃盗などで逮捕したベテランママの夫が、三反長総作だった。珍しい名だが、同姓同名の可能性もある。

 「半身不随なんやてね。お気の毒に」

 嵐山が同情を口にする。

 「刑事さんも、小百合が可哀想や思うか?」

 「そら、まぁねぇ。酒気帯びの信号無視やし、黒井さんに落ち度なんかあらへんのに、あんなんなって……」

 三千院は驚いた。

 嵐山課長は、事故の詳細に目を通して来たらしい。

 「せやろ。警察の人間でも同情するくらい、酷いやろ? せやから俺、あいつを呪ったったんや」

 「事故が三月で、轢逃げの公判前に病死したんやってね。まだそんなトシでもないのに、誤嚥性肺炎……」

 「何や、知ってるんか。まさかあんな、あっさり死んでまう思わんかったけどな。もっと苦しんで苦しんで、じっくりたっぷり、この世の地獄、見したりたかったのに……」

 新月が口元を歪めた。

 「そんなんしても、黒井さんの体は元通りにならへんのに……」

 「刑事さんは、三反長(さんだんおさ)がどんな奴か知らんから、そんなん言えんねん。『嫁はんが泥棒で捕まった上に、不倫やの何やの、あることないことネットで流されて、ストレス溜まっとるから酒が増えた。子供五人おって、ただでさえ学校でとやかく言われてんのに、父親まで居らんよぉなったら、子供どないんすんねん。一番下、まだ幼稚園やのに』やの何やの。ひたすら『俺悪ない』と『子供可哀想』でお涙頂戴ばっかり。一言の詫びもないし『泥棒の弁償でもう金ないから、治療費は出せん』ぬかしやがって、しかも、保険切らしとってやな……」

 新月は目を血走らせ、一気に捲し立てた。

 「えっ?」


 あれっ? ホントにあのママさんの旦那さん? 世間って狭いなぁ……


 三千院が思わず、驚きを漏らす。

 嵐山課長が厳しい視線を向け、すぐ新月に目を戻した。

 「ストレス溜まっとったら、人轢いてもえぇんかッ?」

 「いや、アカンけど、せやから言うて、呪殺はもっとアカンで? わかってる?」

 「呪殺? 俺、(のろ)た言うたけど、殺したとは言うてへん。そもそも、楽に死なしたる気ぃなかったし。俺の呪いと三反長(さんだんおさ)が死んだんの因果関係なんか、立証でけんやろ」

 術者である新月の身柄は、今まさに警察にある。その件も、【(ただ)しき燭台(しょくだい)】を使えば立証可能だ。

 未発覚の魔道犯罪を自供したことに気付いていないのか、新月は勝ち誇った笑みを浮かべた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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