表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い白百合  作者: 髙津 央
第五章 心の罪業
57/65

57.練度不足

 「盾ももうちょっと、練習せななぁ……巧いこと守れたん、二本松さんだけですやん」

 「サンちゃん、盾は攻撃来る方に向けなアカンねんで。今回はちょっと切れて、カッパ頭になっただけで済んだけど……」

 「はい。すみません」

 三千院が小さくなって、鴨川と嵐山課長に頭を下げる。

 頭は、改めて散髪してもらい、短い方に刈り揃えられていた。中学以来のスポーツ刈りに、失態のけじめとして頭を丸めたような気マズさがあった。


 「まぁ、でも、ウチらが言うたことはちゃんとできてたし、あの状況でよぉやったゎ」

 「一応、【消魔符】は守ったしな。本物は高いから、鍋の蓋か何かでよぉ練習せななぁ」

 嵐山課長と鴨川が、取ってつけたように褒める。


 三千院は、現場で瞬時に状況を分析し、自分の判断で適切な行動を取るには、まだまだ経験不足だ。今回の事件で身を以て痛感した。

 考えるより先に動けるまで訓練を積まなければ、今度こそ、殉職しかねない。


 ……他府県の魔道犯罪対策課や、自衛隊の特殊部隊はどうしてるんだろう?


 魔道犯罪対策課の前年、魔道災害に対応する為に自衛隊の特殊部隊が新設されている。

 都道府県ではなく、国家レベルで予算が配分されているので、警察よりも装備が充実しているような気はするが、具体的な内容は公開されていない。


 三千院が質問する前に、大原が一同を見回して聞いた。

 「練習て……他所さん、どなしてはんねやろな?」

 「鍛えてどないかなんねやったら、ナンボでも鍛えるけどなぁ」

 二本松が苦笑した。


 「あんたらはまだ、視えるからえぇわ。もし……やで。俺らが普通の事件や思てヤサ踏み込んだら、犯人が魔法使いやったり、魔法の道具持っとって、今回みたいに魔物ドーンぶつけられたら、なんもわからん間ぁにイチコロや」

 橘警部が手刀で首を掻き切るマネをしながら、魔道犯罪対策課の見鬼たちを見回す。


 ……えっ? ……あ! そうか……


 三千院は愕然とした。

 相手が視えなければ、身を守ることも、避けることもできない。


 当たり前のことだが、魔物を使役できる犯罪者には、少なくとも、それが視えている。生来、霊視力を持っている三千院には、視えない者の視点が欠けていた。


 見鬼と半視力の能力差は、致命的なまでに大きいのだ。


 「民間の活用も含めて、もうちょっと偉い人らに、ちゃんと考えて貰わんとなぁ……」

 嵐山が頭を抱える。

 古都府警の職員全員を調べ上げた末の寄せ集めが、現在の魔道犯罪対策課だった。


 「せやなぁ。あの学生さんも、警察にはならんと思うけど、視えてはったしなぁ」

 大原が同意する。


 贄となった江田英美(えだえいみ)の「中身」が視えたからこそ、今回の事件が発覚したのだ。巴が気付かなければ、今頃は移魂の渦が完成していたかもしれない。

 新月も、この国の見鬼の少なさに胡坐(あぐら)をかいて、杜撰なやり方で邪法を実行していた。



 「そない言うたら、カモさん。ムショのお見舞いに、被害者の幽霊が視えるようになるオマジナイしてはるて、聞いたことあんねやけど、あれ、ホンマでっか?」

 二本松が机に身を乗り出して聞く。鴨川は、頭を掻いて答えた。

 「まぁ、ホンマや言うたらウソではないんやけどな、オマジナイ言うて、それ、【括目(かつもく)】の呪符や」

 「それ、なんですのん?」

 二本松と大原の声が揃う。


 「自分の視力をちょっとの間だけ貸す術の呪符ですゎ。ちゃんとした魔法使いがやったら、一週間は視えっ放しになんねやけど、呪符やと……まぁモノによるんやけど、せいぜい、一日二日やな」

 「それで、高こつくねんな?」

 橘警部の確認に、鴨川は頷いた。


 大抵の呪符は、数万から数十万する。三千院は、鴨川が自費でそんなことまでしていることに、尊敬すればいいのか、呆れればいいのか、判断し兼ねた。


 「俺らが知らんだけで、ホンマはこのテの事件、もっとよぉけあるん(ちゃ)うか?」

 二本松が薄気味悪そうに一同を見回し、橘警部が眉間に皺を寄せた。

 「ほな、それ、よぉけ仕入て貰わんとなぁ。命がナンボあっても足らんで」

 「カモさん、お得意さんやろ? ナンボか負けて貰われへんの?」

 河原が鴨川の顔を覗き込む。

 鴨川は手を振って否定した。

 「いやいや、そんなお得意さん(ちゃ)うから、一個も負けて貰われへんで」


 「予算足りないったって、次、こんな事件あったら、今度こそ人死にが出るんスけど」

 中大路が橘警部と嵐山課長に食い下がった。

 「そない言われても、予算決める人らは、私らとは偉い人のレベルが(ちゃ)うからねぇ」

 嵐山課長は、申し訳なさそうに眉を下げた。


 押収した魔道書は、三千院が解読した。

 新月が壺の魔物を贄の身体に入れ、贄から抜いた魂を壺に入れて運び、百合に移したこともわかった。

 「白神さんが()うた言うてはった『壺持った若い変質者』て、新月のことやってんな……」

 内容を簡潔に報告すると、大原が溜め息をついた。

 三千院は、苦い後悔に胸を焼き焦がされる思いだった。


 ……現場を直接視たのに、何もみつけられなかった。何もできなかったなんて……俺にもっと、真実を見る目があれば、助けられたのに。


 贄にし損ね、顔を見られたと思い、殺害したことは容易に想像できた。

 本人が黙秘しても、壺で【(ただ)しき燭台(しょくだい)】に触れれば、明らかになる。

 贄の身辺を調べ上げていたなら、白神百合子が、巴経済(ともえつねずみ)と婚約していたことも、把握していたのではないか。


 ……自分も婚約者がいる癖に、どうしてこんな酷いことができるんだ?


 三千院には、邪法を行使した新月の気持ちが全く想像できない。わかりたくもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ