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黒い白百合  作者: 髙津 央
第四章 魔道犯罪
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54.身柄確保

 三千院は、普家の「中身」から呪条伝いに流入する憎悪に耐える。

 この場所、この肉の檻、形を失う自身、呪符に吸われる力、抗えぬ命令、崩れつつある自我。

 背の【吸魔符】から、送還布の【充魔符】へ、魔力が流れる。


 この部屋を燃やせ。


 意思と命令の境が曖昧になる。

 荒れ狂う憤怒を炎に変え、全てを焼き尽くしたい。


 証拠を全て燃やせ。


 破壊の衝動と命令が一致する。

 物質界、幽界、冥界の三界に満ちる力を炎に変える。

 この肉の檻の口で力ある言葉を唱える。


 嵐山が火柱を避け、普家の背後に回った。中の魔物は炎の術に集中し、気付かない。普家の口から、非常ベルを上回る声量で、力ある言葉が紡ぎだされる。

 その身が送還布に包まれた。世界に穿たれた穴に吸い込まれる。

 命令を妨げる力に抗い、身体にしがみつく。

 故郷への風は、術の束縛より強く、溶け崩れた魔物は檻の隙間から引きずり出された。この世界に直接触れ、存在が希薄な靄になる。

 靄となった魔物は、術の(くびき)から解き放たれ、元居た場所へ繋がる穴に吸い込まれた。

 三千院はすぐに命令を解除し、普家の身体の拘束を解いた。


 備東の華奢な腕が、神楽岡の左腕を不自然な方向に曲げる。神楽岡が声にならない悲鳴を上げた。

 嵐山が【消魔符】で火柱を消す。

 新月の目が、満月のように見開かれる。嵐山はそれに構わず、送還布の呪文を唱えた。

 「サンちゃん、これ持って、モミジさんの奴、貸せ!」

 鴨川が叫び、呆然と見ていた三千院は我に返った。鴨川に駆け寄り、飯田の(いまし)めを受け取る。

 「えぇか、絶対放したアカンで!」

 鴨川は、三千院の手から呪条を奪い取り、早口に命令した。

 備東が、神楽岡の折れた腕を掴み、捻じ切ろうとしている。

 中大路と、戻って来た二本松が、備東を引き離そうとする。神楽岡自身も、脱出を試みる。

 こちらには「備東の身体を傷付けない」と言う制約がある。攻めあぐね、思うようにならない。

 人の隙間を縫い、呪条が備東の足に巻きついた。足下から膝までを捉え、渾身の力で引く。備東は、刑事の折れた腕を掴んだまま倒れた。神楽岡が悲鳴を上げる。

 「ちょっとどいて!」

 嵐山が二本松と中大路を退がらせ、備東の頭を送還布で包む。備東は神楽岡を放し、半身を起こした。

 二本松が神楽岡を助け起こし、肩を貸して離脱する。

 新月の命令で、備東の手が嵐山に伸びる。中大路がその手首を掴み、引き下ろす。備東の細い腕が、信じられない力でそれを押し戻す。

 橘が、新月の口にハンカチを押し込み、黙らせる。

 備東が突然、力を失った。手首を引いた勢いで、中大路と備東の頭がぶつかる。

 「……ッ!」

 中大路は目の端に涙を滲ませ、額を押えた。

 飯田の身体は、大人しく縛られていた。「中身」は次の命令を求め、肉の檻の中で荒れ狂っている。


 何か、何か、何か!


 この世界で自己を保つ為の命令を渇望していた。

 術者である新月は、橘警部に制圧され、呻いている。

 嵐山が落ち着いた動作で、最後の一匹を送還した。

 「新月賛治、営利目的等略取容疑で逮捕する」

 「後で、魔道犯罪規制法違反でも、再逮捕な」

 橘警部が改めて手錠を掛け、嵐山課長が氷の声を浴びせる。

 「あんたの【移魂(いこん)(うず)】、破っといたからね」

 新月は力なく項垂(うなだ)れた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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