表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い白百合  作者: 髙津 央
第四章 魔道犯罪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/65

51.娘の中身

 神楽岡が【退魔符】を失った刺股を手に、リビングの隅に退がった。鴨川の命令で、呪条が(おもり)を鎌首のようにもたげ、二谷に這い寄る。

 呪条が足に触れた瞬間、二谷(じたに)が動いた。

 機械仕掛けのように手が上がり、刃が白い喉に向かう。三千院と二本松がその腕に飛び付いた。大の男二人掛かりでも、止められない。

 女の細腕とは思えない力が、二谷の喉元に包丁を近付ける。その腕を止めようと、二人が体重を掛けて引き下げる。速度は落ちたが、止められない。

 呪条が這い上がり、身体ごと二谷の「中身」を拘束する。

 嵐山も呪条を操り、二谷の右腕を縛り上げた。呪条を引き、中の魔物を抑える。

 突然、腕から力が抜けた。

 刑事二人の力で、二谷の華奢な身体が床に引き倒される。三千院と二本松も、勢い余って二谷の上に倒れ込んだ。嵐山も引っ張られ、片膝をつく。

 「しもた!」

 「二谷さん!」

 橘と神楽岡が駆け寄る。

 相当な痛みを感じる筈だが、二谷の中の魔物は表情を変えなかった。(いまし)めを(ほど)こうと、包丁を持ったまま足掻(あが)く。

 橘と神楽岡は、倒れた二谷を刺股で押えに掛かった。


 「サンちゃん、そこはもうえぇから、こっち!」

 嵐山に呼ばれ、二谷から離れた。嵐山が、床に落ちた送還布を拾いながら立ち上がる。

 「これ、石持って保持しとって。何も命令せんでえぇ。このまんま、魔物に気合い負けせんように持っとって」

 青い宝石を三千院の手に押し付け、送還布を広げる。

 三千院は右掌に、淡く輝くサファイアを握り込んだ。

 右手の感覚が伸びる。呪条を伝い、二谷のぬくもり、やわらかさと同時に、中の魔物の吐き気を催す気配を感じた。

 この世界では形を成さぬ、どろどろに溶け崩れた何かが、意に沿わぬ支配に怒り狂っている。命令を妨げる呪条と、その操り手に憎悪を(たぎ)らせていた。

 火のような敵意に触れ、三千院は(ひる)んだ。

 じっとり汗ばむ掌で、魔力を宿すサファイアをしっかり握る。(いまし)めの維持だけで精一杯。とても新たな命令を行う余裕などない。

 その身に宿る魔は、(にえ)の身が檻となり、本来の力を振るうことが叶わない。

 そもそも、幽界からこの物質界に引きずり出されたことが、気に食わない。

 それでも、拙い術の支配を断ち切り、与えられた命に背くことができない。

 その力に抗えば、存在を脅かす苦痛に苛まれ、自我を保つこともできない。

 それ故に、自己の存在を守る為、不本意な命令と(いえど)も、従わざるを得ない。

 その命に従うことこそが、自己をこの世界で保つ唯一の方法に他ならない。

 そこには、憎悪と諦念と鬱屈した喜びが渦巻き、鋭い敵意の棘を纏ったモノが居た。三千院は、その渦に呑まれぬよう、両足を踏ん張り、呪条を引き絞った。

 二谷の身体は、尚も包丁を放さない。

 嵐山が、送還布で二谷の顔を覆った。

 蝶の蛹を切り裂くように、形を成さぬ何かが、どろりと流れ出る。この世の大気に触れ、靄となり、送還布の風に乗る。檻から放たれ、元の世界、現世(うつよ)と冥府の狭間(はざま)へと還って行く。

 憎悪の熱が遠ざかり、世界に開いた穴が閉じる。

 風が止み、後には抜け殻の身体だけが残された。

 「サンちゃん、もうえぇ、(ほど)いたって」

 嵐山が立ち上がって言った。

 三千院は、言われるまま、力ある言葉で解除を命じた。呪条がするすると解け、手の中に戻る。とぐろを巻いた綱を嵐山に手渡す。

 二谷の半袖から伸びる細腕の索痕が痛々しい。

 二本松が抱き上げ、外に連れ出す。

 入れ替わりに中大路が入って来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ