47.突入準備
翌朝一番で、普家絵冬の上司・新月賛治の逮捕状が、発付された。
張り込みの刑事に確認する。
今朝は自宅を出ていない、と回答があった。
念の為、橘警部が勤務先にも電話する。
「古都府警です。お忙しいとこすんませんけど、普家絵冬さんの事件のことで、また上司の新月さんとお話しさしてもらいたいんですけど、今日、よろしいですか?」
「お世話になっております。本日、新月はお休みさせていただいております。明日、ご用件をお伝え致しますが……お急ぎですか。では、お手数ですが、本人の携帯へお願いします」
電話に出た事務員は、事件について特に質問しなかった。普家絵冬への心配を微塵も感じさせない、マニュアル通りの対応だ。
打ち合わせでは、勤務先と自宅の二手に分かれる予定だったが、八人揃って新月賛治の自宅マンションへ向かうことになった。
移動の車内で、三千院が【魔除け】の呪符を手にして、呪文を唱えた。
「日月星蒼穹巡り、虚ろなる闇の澱みも遍く照らす。日月星、生けるもの皆、天仰ぎ、現世の理、汝を守る」
そのような意味合いの力ある言葉で、一枚ずつ呪符の効力を発動させる。
見鬼の目には、真珠色に光って見える羊皮紙を各自の懐に入れた。
手持ちの装備中では、最も効果時間の長い術で、三時間程度は、雑妖の類を寄せ付けない。
【移魂の渦】のような邪法を行っている場なら、どれだけ雑妖が犇めいているか、想像に難くない。文字通りの意味で雑妖に「足を掬われる」と、思わぬ不運に見舞われることがある。
呪符には気休め以上の効果がある。雑妖より強い魔物でも、多少は不快に感じるらしい。
今は少しでも、リスクを減らしたかった。
古都大安マンション手前の路地で、車を止めた。
左手袋に【不可視の盾】を貼り、降りてから発動させる。視えない盾が、一度だけ守ってくれる。
刺股には、【退魔符】を貼るだけに留める。効果時間が短い為、ぎりぎりまで発動させない。
魔道犯罪対策課の三人は、【消魔符】【退魔符】を三枚、【吸魔符】は一枚ずつ。
呪符の他、嵐山は呪条と送還布、鴨川は呪条、三千院はビー玉サイズの魔力の水晶を三個持っている。これ一個だけでも、三千院の月給一カ月分の手取りを軽く超える代物だ。血税を無駄に消費しないよう、三千院はポケットを押さえて決意を固めた。
捜査一課の橘、神楽岡、中大路にも、呪文の詠唱を必要としない【吸魔符】を一枚ずつ持たせる。
「裏のテープ剥がして貼るだけでえぇけど、無理して接触せんとって下さいね。相手は化けモンですから」
嵐山課長が、捜査一課の三人に念を押す。橘警部が逮捕状を手に言った。
「ほな、気合い入れて行こか」