46.人質六人
捜索の準備と並行して、魔物対策の準備と打ち合わせを行う。
魔道犯罪対策課の三名と、一課から橘警部、二本松、神楽岡、河原、中大路が出る。合計八名。
刺股には予め【退魔符】を貼る。
突入直前に魔道課の三人が呪文を唱え、効力を発動させる。
「三人……か。まぁ、ちょっと大きいけど、入口はそんな広ないやろしな」
「効果時間も、安モンやから、そない長ないからねぇ」
鴨川と嵐山課長が、小声で遣り取りする。
それを耳にした橘の声が、幽かに震えた。
「長ないて……モミジさん、どんくらい、持つんですか?」
「三十秒くらいやね」
「さ……三十……?」
橘の声が驚きに裏返る。
嵐山が、手順を説明する。
「その間に接敵して、取り押さえて、呪文唱えて、色々呪符貼るんですゎ」
「しかも、女の子ぉの体、傷いけんように……や」
「なんスか、その無理ゲー……」
河原が嘆息し、中大路が弱音を吐いた。
「女の子ぉらは、体、盗られた被害者やねんで? 傷いけたら、誰が医者代出すんや」
「医者代云々より、みな、嫁入り前の娘さんばっかりやで。顔にでも傷いけてみぃ、どエライことになるわぃ」
二本松と神楽岡が、新人に畳みかける。
中大路は、尚も渋る。
「せやけど、そのコらの中身て、バケモンなんスよね?」
「まぁ、言うたら、人質と一緒やね」
「そんなん言うたかて、人質が、襲ってくるんスよね?」
嵐山は、残念な物を見る目で、中大路を見た。
三千院が、助け船を出す。
「命令がなければ、待機状態で、ぼーっとしてるかもしれませんよ?」
「えっ? ホンマですか?」
途端に中大路の顔が明るくなる。
「え……えぇ、まぁ、多分。予め『侵入者を殺せ』みたいな命令がされていなければ、じっとしてる筈ですよ。術で縛られてて、魔物は自分の意思では動けませんから」
「それでも、五分五分か……」
二本松が唸った。
「平日の昼間やから、出勤してるわなぁ。会社で犯人の身柄押えて、命令できんようにしてから、自宅を捜索か」
「流石に、会社には魔法の道具は何も置いてへん……と、思いたい」
「会社の人らを巻き込んでまでは、魔法使わへん……と、思いたい」
鴨川の呟きを河原が真似た。
三千院は帰宅後、大学時代と、魔道犯罪対策課の資料を読み返した。
呪符の力を発動させる呪文を復習する。
魔力を持つ者ならば、呪符がなくとも、力ある言葉を唱えるだけで発動する術ばかりだ。
三千院には魔力がない。
魔力の水晶を使えば、術を行使できるが、発音を少しでも誤れば発動しない。
特に、魔法を一種類、一度だけ無効化する【消魔符】の失敗は、絶対に許されない。
日之本語に訳すと、「文間にて綾成す妖し肖りて、怪しき力零しつつ、危うき業の綾解き、過たず過ち正せ、綾織り成せ」と言う意味になる。
確実に呪符を発効させる為、装備にある呪文を繰り返し、繰り返し、自分に浸みこませるように唱えた。