表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い白百合  作者: 髙津 央
第三章 誘拐事件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/65

32.大家さん

 三千院が川端東マンションに着くと、人集(だか)りができていた。捜査員とマンション住人と、野次馬らしい。

 「あぁ、えぇとこ来た。サンちゃん、このコ、連れてったって」

 嵐山が笑顔で手招きする。

 集まった人々の注目を浴びつつ、三千院と大原は嵐山課長に近付いた。

 植栽の傍らに、見覚えのある女性が立っている。確か、病院事務の出口芽衣(でぐちめい)だ。

 儚げな黒髪美人は大勢に取り囲まれ、困惑しているが、この場から逃げ出せないようだ。花がなくなっても、球根と呪具が無傷なら、固定は解除されないらしい。


 「ちょっと、刑事さん。連れてくて、何? ウチの店子(たなこ)に逮捕されるようなモンが居るいうのん?」

 年配の女性が嵐山課長に詰め寄る。マンションの管理人らしい。

 住人と野次馬が、固唾(かたず)を飲んで見守る。

 「(ちゃ)います(ちゃ)います。大家さん、落ち着いて。令状もなしに、いきなり逮捕なんか、しますかいな」

 「ほな、なんやのね」

 嵐山課長は一呼吸置いて、言った。

 「その前に、大家さん、何でお花を切りはったんですか? ここ、黒い百合が……」

 「そんなもん、決まってあるやないの。ウチの敷地に誰か勝手に植えて、最近は写真撮りに、知らん人が入れ替わり立ち替わり来はって、空缶やら何やら、ゴミ散らかして行くしで、迷惑しとるからやないの。元々植えとったヒマワリ抜いて、あんな気色悪い花、植えてからに……刑事さん、花壇荒らした犯人、早よ捕まえてんか!」

 管理人は、嵐山課長にみなまで言わせず、一気に捲し立てた。

 「はい。今、その捜査してるとこなんです。他にもこんなん、勝手に植えられたとこがありましてねぇ」

 「あぁ、新聞載っとったアレ、事件なんかいな」

 野次馬の一人が声を上げた。

 嵐山は頷いて続ける。

 「それで、証拠のお花は切って……球根は、植わったまんまですか?」

 「はぁ。それがやね、抜こ(おも)て、ナンボ引っ張っても、抜けんかったんよ。どっか他所(よそ)で大きゅぅしてから植えたんや思うのに、ちょっとの()ぁで、よっぽどガッチリ根ぇ張ったんか、全然アカなんでん(ダメだったんです)。それで仕方(しゃあ)ないから、茎だけ切って廃棄(ほか)したったんですゎ」

 「あ、すみません。それ、私です。このおばちゃんが抜こうとしたら、体が勝手に動いて、百合の根元に立って、抜かれないように足で押えてたんです」

 肉体が行方不明の出口が、申し訳なさそうに小さく手を挙げた。

 固定されている間は、霊力の供給源兼、百合の守護者をさせられているようだ。

 三千院が、他の女性達の中身を背負った時には、何の重量も感じなかった。

 肉体がないにも関わらず、百合が抜けない程の力を掛けられたのがよくわからないが、そう言う術なのだろうか。


 「いつ頃、廃棄(ほか)しはったんですか?」

 「今週アタマや。もう収集行ってもたから、あらへんで」

 呪具(じゅぐ)は、粘土板と水晶と球根だ。

 地上部がなくなっても、出口芽衣はまだ、(くく)られたままだ。衆人環視の中、出口の中身に声を掛け、連れて行くのは(はばか)られる。

 「で、刑事さん、誰を連れてくんやて?」

 話が()れても、管理人のおばちゃんは忘れていなかった。

 嵐山課長は諦めたのか、小さく溜め息をついて、答えた。

 「その花があったとこに居てはる……女の子を連れて行きます」

 「女の子?」

 住人らが顔を見合わせる。

 平日午後で、集まった人々に「女の子」と形容できる人物は、含まれていなかった。

 「ウチら、ナンボなんでも、女の子ぉ言う程、厚かましないで」

 住人の一人、髪を紫に染めた老婆が言うと、男性陣は大きく頷き、女性陣は小さく顎を引いた。

 「ちょっとそこ、のいてもらえますか」

 鴨川が、出口芽衣の周囲で手を振る。

 野次馬達は、鴨川の視線の先、植栽の前を見るが、誰もいない。

 気味悪そうに更に離れる者、何が居るのかと顔だけ近付ける者、と反応が分かれた。

 管理人は後者だ。

 「だぁれも居らへんやないの」

 三千院は、管理人には答えず、出口芽衣の前に立った。

 「おんぶすれば、出られます。事情は警察でお伺いしますので……どうぞ」

 背を向けると、ややあって、生ぬるい風が三千院を包んだ。おんぶの姿勢で、乗って来た覆面パトカーに向かう。野次馬が更に一歩退き、道を空ける。

 大原が駆け寄り、後部座席のドアを開けた。

 「乗って下さい」

 「あ、は、はい。あの、すみません」

 出口は恐縮して乗りこんだ。

 三千院がドアを閉めると、野次馬から声が掛かった。

 「兄ちゃん、何が居てるんや?」

 「……若い女性の中身です」

 どこまで説明していいものか考え、ひとまず、課長と同程度に答えた。

 嵐山課長が、管理人と住人を見回し、にっこり笑って釘を刺す。

 「証拠の球根は、後で令状持って掘りに来ますんで、花壇、触らんとって(さわらないで)下さいね。犯人がまた、来るかもわかりませんので……」

 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってぇな。今、ここに若いコぉの幽霊居ったんかいな? お祓いやらなんやら、どなすんのんな(どうするんですか)?」

 青ざめた管理人に鴨川が答える。

 「幽霊やあらへん。生きたまんま、中身だけ抜かれて、ここに閉じ込められとったんですゎ。今、ウチの若いモンが保護しましたんで、お祓いも何も要りまへんぇ」

 「ホンマに?」

 「ホンマホンマ。嘘ついてどなしますねん。何かありましたら、警察言うて下さい。ほな、解散!」

 鴨川の一方的な宣言に、野次馬はまだ何か聞きたそうにしていたが、一人減り、二人減りして、解散した。

 刑事も、それぞれ車両に戻る。

 「サンちゃん、犯人は今の時期、花にインク遣りに来んねやな? ひょっとしたら、今の野次馬の中に()ったかも知れんで」

 鴨川の提案で、この場所に居なかった捜査員が、対魔法装備を持って張り込みをすることになった。

 マンションの関係者が、球根を掘り出さないよう、監視する為でもある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ