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黒い白百合  作者: 髙津 央
第二章 殺人事件 
24/65

24.対面の場

 所轄署の保管室は静かだった。

 検死を終えた遺体の(そば)で、(ともえ)が呆然としている。

 報せを受け、駆けつけた両親も、放心していた。

 嵐山課長と三千院が、会釈する。返礼したのは、白神百合子(しらかみゆりこ)本人だけだった。

 

 百合子は、巴の手を握ろうとしていた。霊体の手は、巴の肉体をすり抜けてしまうが、何とか触れようと、同じ動作を繰り返している。

 「巴君、どうして触れないの? どうなってるの、これ?」

 「……どうしてって……百合子さん……」

 巴は後の言葉が続かず、顔を歪めた。細く吐いた息が震える。

 「この度はどうも……」

 「あっ、刑事さん、私、どうしちゃったんですか?」

 声を掛けた嵐山課長に、百合子だけが反応する。

 嵐山は目を伏せた。百合子が、三千院にも同じ問いを投げる。口を開きかけた三千院を手で制し、嵐山課長が告げた。

 「白神さんは、亡くなりはったんですよ」

 「えっ? 嘘、なんで? 私も江田さんみたいに、体だけ行方不明なんですか?」

 「(ちゃ)います。白神さんの御遺体は、そこに……」

 両親と婚約者が、保管棚から出された遺体の傍で、肩を落としている。

 「えっ? 嘘、何で? 私、巴君と一緒に帰ってたのに」

 「覚えてはらへんのやったら、無理に思い出さん方が、えぇと思いますよ」

 白神百合子の父親が、一歩近づいた。

 「あなた、さっきから何なんですか。百合子は生きてますよ。こんな、顔もわからない死体なんか見せられたって、どこの誰だかもわからんのに……」

 「申し遅れました。私共は、古都府警の刑事です。私は魔道犯罪対策課の課長、嵐山と申します。こちらは部下の三千院です」

 嵐山が口調を改め、警察手帳を提示する。三千院も慌てて、課長に倣った。

 百合子が父の剣幕に驚き、巴の背後に回る。

 「刑事? 刑事が何の用なんですか」

 「そちらの、巴さんにちょっと……」

 巴の顔がこちらを向く。

 「白神さんには、お気の毒なことでした。お悔やみ申し上げます。御存知かも知れませんが、殺人事件です」

 「何だってッ? 誰が殺したんだッ!」

 百合子の父が、嵐山課長に詰め寄る。

 母親は膝から力が抜け、床に座り込んだ。巴の頬を涙が伝う。

 百合子自身は、四人をオロオロ見ていた。


 「最近、古都市内で、若い女性の失踪事件が、多発していました」

 「だから何だ? 百合子は、ずっと巴君と一緒に居る。大丈夫だ」

 「僕が離れたから……トイレなんて行かなきゃよかった……ずっと……傍に……」

 「えっと、巴君? 私、ここに居るよ?」

 百合子が、泣き崩れた巴の肩に手を添える。すり抜けた手を引き上げ、触れているかのような姿勢を保つ。

 「白神さんと巴さんは、その行方不明者の一人を発見してくれました。お蔭様で、その女性は無事、ご家族の元に戻れました」

 「あ、江田さん、元に戻ったんですか。よかった。じゃ、私も……」

 嵐山課長は、百合子の笑顔から目を逸らし、続けた。

 「白神さんは……まだ、推測の域を出ませんが、その行方不明事件の犯人に、殺害された可能性があります」

 「そんな……百合子さん……僕が見つけたせいで……こんな……まだ結婚も何もしてないのに……婚約? ……婚約したせいで呪いが……でも、そんな……」

 巴が、床を見詰めたまま呟く。

 嗚咽で途切れがちだが、はっきり「呪い」と聞こえた。

 「何だとッ? じゃあ、こんな所でグズグズしてないで、さっさと犯人を捕まえろッ! 死刑だ! 死刑ッ!」

 「お父さん、ちょっと、やめてよ」

 父が、嵐山課長の胸倉を掴む。

 百合子は父を(たしな)め、引き離そうとするが、父に娘の姿は視えず、その手は虚しくすり抜けた。


 死後二十四時間未満。今はまだ、自身の死を認識しておらず、表情も豊かだ。

 これから、切り花が(しお)れるように死んでゆく。

 遺族の気持ちは、否定と肯定の間で揺れていた。理性では、百合子の死を理解している。それ故の混乱だった。


 「心中、お察し致します。現在、全力で捜査を行っております。……巴さん」

 嵐山課長が、父親の手にそっと(てのひら)を添える。百合子の父親は力なく項垂(うなだ)れ、手を離した。

 百合子が、放心する母親に寄り添う。

 巴が、泣き腫らした目を挙げた。

 「巴さんのせいやおへん。悪いんは、犯人やから。そない、自分を責めんと……それと、巴さん自身も、重々気ぃ付けて下さいね。気になることがあったら、いつでも言うて下さい。……それでは」

 嵐山課長と三千院は、四人に頭を下げ、保管室を後にした。

 「課長、すみませんでした。全部……」

 「あぁ、えぇから、えぇから。遺族対応言うんは、場数踏まな、なかなかなぁ」


 古都大の伏見教授から、電話があった。

 「三千院君、久し振りだな。元気にしとるか」

 「はい、お蔭様で……あの、戻って早々で申し訳ないんですが、ひとつ、調べていただきたいことが……」

 三千院はあらましを話し、術の調査を依頼した。

 興味をそそられたのか、二つ返事で引き受ける。

 「ちょっと日は掛かるが、まぁ、わかるだろう。じゃあ、またな」

 「宜しくお願いします」

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