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黒い白百合  作者: 髙津 央
第二章 殺人事件 

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18.邪法の虜

 「視てみて、私達、握手できるんですよ」

 江田と飯田が、手を繋いで休憩室から戻ってきた。

 飯田を保護して一夜明けている。

 一晩中、語り明かしでもしたのか、二人はすっかり打ち解けていた。


 「ん? テレビ飽きたん? チャンネル替えたげよか?」

 「いいですいいです。みなさん、お仕事中なのに、私達だけそんなの」

 「私も、今月は結婚指輪の引き渡しが多数(よぉけ)あって、こんなんしてる場合、(ちゃ)うんですけど……」

 仕事と聞いて、飯田が表情を曇らせた。

 「警察のほうでも今、色々情報集めてる最中ですんで、もうちょっとの間、辛抱して下さいね」

 「ひょっとして、こんな事件、初めてなんですか?」

 嵐山課長の言葉に、江田が目を輝かせる。

 「えぇ、まぁ、せやね。体だけ行方不明言うんは、初めてですゎ」

 「珍しいんですか! じゃあ、元に戻ったら、手記とか出版して、儲かっちゃう!」

 江田が元気いっぱいに言い、鴨川と飯田が苦笑する。

 「刑事さん達とか、リモコンとかは触れないのに、飯田さんだけOKなのは、どうしてですか?」

 「それ、手記用の取材? 他の人らの個人情報やらなんやら、捜査上、秘密にせなあかんこともあるから、その辺、頼むで?」

 鴨川が半笑いで釘を刺す。

 江田は「勿論です。後で原稿チェックお願いしまーす」と、笑った。

 「同じ場所に居ても、存在の位相が違うからですよ。……えーっと、画像処理ソフトのレイヤーが別だと、色塗ったりとか、できないでしょう? あれと同じような状態で……」

 「あー、そう言うことなんだー。……って言うか、じゃあ、私、マジ、幽霊?」

 三千院が律儀に答えると、江田は大袈裟に驚いた。

 嵐山課長が、江田と飯田にフォローを入れる。

 「んー……生きてはるから、ホンマの幽霊とは、ちょっと(ちゃ)うんやけどねぇ」

 「あ! これ、やっぱり魔術です!」

 突然、大声を出した三千院に、視線が集まる。

 「サンちゃん、どなしたんや?」

 「あ、あのですね、お二人とも生きてて、中身だけここに居ますよね。これって、単に魔物や死霊に憑かれただけなら、有り得ないんですよ」

 「どういうコトなんですか?」

 江田が、気味悪がりつつも、好奇心から質問した。

 「単に取り憑かれただけなら、本人の魂は体に居ます。体を乗っ取られて、意思表示できなくなるのは、憑きモノに抑えこまれるからなんです」

 「あぁ、そしたら、何かの術で、本人さんを追い出してもた……言うことやねんね」

 嵐山課長が頷く。鴨川は眉を(ひそ)めた。

 「何の術や知らんけど、どない考えても、邪法やな」

 「えっ? 私ら、悪い魔法使いに何かされてもたんですか? 知り合いに魔法使いやら、()らんのですけど……」

 「お店のお客さんに居るとか?」

 飯田が身震いし、江田が推測を述べる。

 「その辺も含めて、捜査やね。二人とも、必ず元に戻したげるから、辛抱してね」


 魔法文明圏出身の外国人。魔道学部卒業生。呪具や素材を扱う商社、商店……市内に住む魔法使いや、魔法の知識を持つ者、魔法使いと接点のある者だけでも、膨大な人数になる。

 術の系統、行使の条件、必要な魔力の強さなど、何もわかっていない。 

 魔力を籠めた宝石は、魔法道具専門店以外でも、少数ながら、流通している。

 飯田の話では、勤務先の三光照輝宝飾でも、今年に入ってから、魔力の水晶が付いたネックレスなどを扱うようになった。輸入物のお守りで、高価だが、月に二、三点は売れていると言う。

 魔力を持たないマニアまで調べるとなると、雲を掴むような話だった。


 三千院は嵐山課長の命令で、魔術士の国際連盟「蒼い薔薇の森」の日之本帝国支部に電話で照会した。

 本人の魂を追い出すが、身体を生かしたまま支配する術の有無と、あるならば、その詳細。「サジ」と名乗った係員は、即答した。

 「今、【舞い降りる白鳥】の人は出張中で、来月まで帰国しません」

 【舞い降りる白鳥】は、主に呪いの解除や術の解析を行う魔術の学派だ。彼らならば、江田と飯田を調べて術を特定し、場合によっては、元に戻すことも可能な筈だ。


 ……もっと早くに気付いていれば……


 三千院は歯噛みしたが、尚も食い下がった。

 「じゃあ、私の方でも、文献を当たってみます。何日かかるかわかりませんが、宜しいですか?」

 「お願いします」

 三千院は、電話越しに頭を下げた。

 古都大学魔道学部の教授達は、大半が魔力を持たない学者の【碩学の無能力者】だ。

 外国人の講師には、魔法文明圏出身者も居る。

 卒業して五年余り経つ三千院には、現在の講師の学派はわからない。

 恩師である伏見(ふしみ)教授の研究室の直通電話に掛けてみる。

 助手が出た。

 フィールドワークに出ており、十日まで戻らないとのことだった。

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野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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