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黒い白百合  作者: 髙津 央
第二章 殺人事件 

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17.人か魔か

 府警へ戻りがてら、柴田詩乃花(しばたしのか)出口芽衣(でぐちめい)の勤務先に立ち寄る。

 どちらも本人から連絡などはなく、何の情報も得られなかった。


 生花店には、ひっきりなしに客が訪れ、その度に話が中断した。

 何人もの客が、黒い百合について問い合せる。ないと分かれば、何も買わずに出てゆく者が大半だ。

 何度も同じ答えを繰り返し、店主はうんざりしていた。

 「まぁ、見てもぉたら、おわかりやろけど、父の日ぃのアレやらコレやらで、忙しさかいにな、はよ戻って欲しぃんやゎ。刑事さん、頼んます」


 魔道犯罪対策課に戻り、課長に報告する。

 「壺の奴はタダの変質者かも知れんけど、飯田さんは、江田さんと(おんな)じ奴の仕業やろね」

 「課長も、そう思いますか」

 「そない考えるんが、自然や思えへん? 人間の仕業かどうかも、わからんけど」

 一通りの事情説明を終えた飯田は、別室で同じ状態の江田と話している。

 嵐山(あらしやま)課長が遠慮なく、人外の可能性を口にした。

 「魔物やったとしても、何の種類かもわからへんし、野良の奴か、人間が呼び出して使(つこ)てる奴か、うっかり逃がしてもた奴なんか……」

 「うっかり……は、時々マニアの奴がやらかして、自分が食われたりしてるけどなぁ」

 「故意で、使いこなしてるとしたら、相当、面倒臭い奴やと思うわ」

 鴨川が、魔道犯罪対策課の発足直後に起きた事件を思い出し、課長と頷き合う。

 その後も、全国で同様の事件が散発している。

 「人間やったとしたら、何の目的で、何の術を使(つこ)てるんかわからんと、下手したら、このまま殺人事件になってまうかもしれんし、イヤやわぁ」

 「サンちゃん、何かそう言う術に心当たりない?」

 三千院は、鴨川の質問に頭を掻いた。

 「自分でも、持ってる文献を、色々調べてみたんですけど、わかりませんでした。すみません」

 「邦訳されてる術なんか、数が知れてるし、仕方(しゃぁ)ないゎ。外国から来たホンマの魔法使いの可能性も、考えとかんとなぁ」

 嵐山課長が頭を抱えた。


 この課には、霊視力のある「見鬼(けんき)」が三人。いずれも、魔力はない。

 他課の捜査員は、霊視力のない「半視力」だ。

 魔法文明圏では、物質と霊質の両方が視認できて当たり前。半視力は保護の対象だ。

 日之本帝国などの科学文明国では、半視力が多数派で、見鬼は異能者と看做(みな)される。


 「今までは、なんちゃって魔法使いが相手やったから、なんとかなっとったけど……」

 「警察の装備だけで、どこまで対抗できるもんなんやろなぁ」

 人間の魔法使いであれ、魔物であれ、犯人の能力が不明では、対策を立てにくい。


 魔力のない人間でも、魔力を籠めた水晶などの宝石や、呪符があれば、魔術の行使が可能になる。

 道具の力を借りただけの「なんちゃって魔法使い」ならば、道具を取り上げるだけで、無力化することが可能だ。

 それらは勿論、警察の装備にもあるが、予算が限られている為、質も量も充分と言えるものではなかった。


 「まぁ、何モンの仕業なんか、わかってからやないと、どないもこないもならんし、気ぃ付けて捜査するように、みんなに言うとくゎ」

 課長がメールを打つ間、三千院は捜査資料を読み返した。


 江田英美(えだえいみ)備東安美利(びとうあみり)柴田詩乃花(しばたしのか)出口芽衣(でぐちめい)の四人は、五月に入って、次々と姿を消している。

 勤務先が川端病院周辺と言う共通点があった。

 捜査本部では、退勤後の帰路で何かあったと推測しているが、いずれも、防犯カメラの映像や家人の話では、無事に帰宅している。

 帰宅後、手ぶらで外出した後、行方がわからなくなっていた。

 交友関係を洗ってみたが、江田と備東以外には、全く接点がない。共通の知人の有無も、今のところわかっていない。


 飯田珊瑚(いいださんご)が勤務する宝石店は、古都市南西部の西区にある。

 他の四人の勤務先は、市の北西部の左区。それも、川端病院か、その周辺に集中していた。

 飯田は、固定されていた民家の辺りに行ったことすらないと言う。

 中身だけを左区に残し、身体は何処へ行ってしまったのか。


 五人とも、関係者の話では、家出の理由がないと言う。

 備東は、異性関係のもつれから、身を隠している可能性もあるが、貴重品や携帯電話を置いて行くとは考えにくい。

 五月中、川端病院周辺で発生した事件は、万引き、痴漢、空き巣、轢き逃げ。

 五人とは特に関連性が見られなかった。

 被害者本人と直接、話せるにも関わらず、何の手掛かりも得られない。


 ……視えるだけって、役立たずだなぁ……


 捜査が進展しないまま、新たな行方不明が発生し、時間だけが過ぎてゆく。こうしている間にも、江田と飯田の身体は、本当に死んでしまうかも知れないのだ。


 ……って言うか、自分も被疑者(ひぎしゃ)になり得るよな?

 古都大学魔道学部卒。土地勘と魔術の知識がある。霊視力もある。

 魔力はないけど、魔力の水晶の入手ルートを持ってる。

 同じ条件が当て()まる人物を総当たり……? いや、現実的じゃないな。


 考えが同じ所を堂々巡りし、三千院は溜め息をついた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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