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黒い白百合  作者: 髙津 央
第二章 殺人事件 
13/65

13.不審な男

 捜査に進展がないまま、六月を迎えた。

 防犯カメラの映像には、行方不明者が不審者と接触した形跡は、見られない。

 帰宅途中に襲われたとみられていたが、無事に帰宅し、荷物を置いたまま外出したか、自宅から連れ去られたようだ。

 家人や近隣住民への聞きこみでは、備東(びとう)以外の行方不明者の自宅には、失踪前後に誰かが訪ねて来た様子はない、とのことだった。


 自ら、手ぶらで外出し、行方不明になっているのだ。


 携帯電話やパソコンの履歴からも、誰かからの呼出しがあった様子はなかった。

 行方不明者たちは、失踪後の日程で飲み会の約束や、歯科や美容院の予約を入れている。

 口頭で約束していた可能性もあるが、関係者からは有力な情報を得られなかった。


 魔道犯罪対策課で、長身痩躯の鴨川が机に前屈みになり、ノートPCの捜査資料を見ながら呟く。

 「人間が犯人やとしたら、誰が、どなして、何の為に()ろたんやろなぁ?」

 「鴨川さんは、一課の想定とは違う可能性が、あると思うんですか?」

 新米刑事の三千院には、皆目見当がつかない。

 中堅の鴨川は、液晶画面から顔を上げ、三千院に話を向けた。

 「魔法使いが一枚噛んでるかもしれんねやろ? そしたら、何かの生贄にする為とか、素材にする為とかで、生きた人体が必要やけど、中身は要らん……ちゅうこともあるかも知れんやろ? サンちゃん、専門やったん(ちゃ)うんか?」

 「いえ……道具の研究だったんで、生贄とか、そっち方面はちょっと……」

 「怖いコト言わないで下さいよ」


 江田が二人の遣り取りにべそをかく。

 犯人が人間ではない、と言う「もっと恐ろしい可能性」もあるのだが、流石に江田本人の前でそれを口にするのは、(はばか)られた。


 三千院は数日前から、自宅に置いてある大学時代の資料をひっくり返して調べている。

 袋の容積以上の大きな物体を収納させる【無尽】の術と、【無尽】を応用した道具が存在するが、【無尽袋(むじんぶくろ)】には、生物と剥き出しの液体は入れられない。

 死体を運ぶならともかく、江田はまだ生きているのだ。少なくとも、魔法の袋に詰められて運ばれたと言うセンは消える。

 よく知っている場所へ、瞬時に移動する【跳躍】と言う術もある。

 顔見知りで、江田の自宅をよく知っている人物なら、どこかで江田を捕まえて、術で江田の自宅に移動し、鞄を置いて別の目的地に【跳躍】することができる。

 だが、江田の知り合いに、魔法使いは居ないと言う。

 現時点で、それ以上の有益な情報は見つからなかった。


 六月五日。

 三千院は、大原の呼び出しで、川端署へ向かった。

 「江田さんを見つけたカップルの女の子が、昨日の晩、変質者に()うた言うてはるねん」

 電話だったが、詳しい話を聞く為、署に来てもらったと言う。

 前回と同じ会議室に案内された。蒼白な白神百合子(しらかみゆりこ)と、マスクをした巴経済(ともえつねずみ)が座っている。大原は、白神の向かいで、調書を取っていた。

 「あー、三千院さん、よぉ来てくれはった。ま、ま、ここ座って、白神さんがな……」


 昨夜、午後八時三十分過ぎ、大学からの帰宅途中、駅へ向かう道で、妙な男と遭遇した。

 自動販売機の横で、両手に収まる大きさの壺を持ち、小声でブツブツ何事か呟いていた。

 人通りがなく、薄気味悪く思い、その男の前を足早に通り過ぎたが、声が遠ざからない。

 追跡されているようだが、怖くて振り向くこともできなかった。


 「駅まで行けば誰か居るからって、自分ガンバレって思いながら、必死で走って、何とか逃げ切ったんです」

 暗くてよくわからなかったが、若い男のようだった。巴より少し背が低かったように思う、と言う。

 三千院が巴に身長を聞くと、かすれた声で「百八十」と返って来た。


 「いつもは一緒に帰るんですけど、巴君、一昨日から風邪で休んでて、たまたま、一人の時にあんなのに遭って、巴君に言ったら、一応、警察に言った方がいいって言われて、それで……」

 「怖い目ぇに()うて、大変やったなぁ。それにしても、よぉ捕まらんと逃げ切ったもんや。偉いなぁ。大したもんや。キャー言うて、悲鳴あげたら、誰か出てってくれるかもしれんから、イザ言う時の為に、発声練習しといた方がえぇで。悲鳴でビビって逃げる痴漢も居てるからな」

 白神は、大原のアドバイスに神妙な顔で(うなず)いた。巴が固く目を閉じ、(うつむ)く。

 三千院は、落ち込む巴を励ました。

 「巴さんのせいじゃありませんよ。あの、早く元気になって、安心させてあげて下さい」

 「歩きもって(あるきながら)ケータイいじるのんは、色々危ないさかい、絶対、やったアカンで」

 巴と白神が、それぞれ、刑事の言葉に頷く。

 「白神さん、不審者が何を言っていたか、わかりますか? 何か危害を加えるような発言でしたか?」

 「いえ……声、小さかったんで……逃げるのに必死でしたし……あ、何か、日之本語じゃないっぽい雰囲気でした」

 「何語か、わかりませんか?」

 白神は少し考え、記憶を手繰(たぐ)ったが、首を小さく横に振った。

 「すみません。共通語とかの……よく聞くような言葉の雰囲気じゃなかったと思いますけど、全然わかりません」


 外国の臓器売買グループの犯行だろうか。

 それならば、生きた体が必要で、霊体は不要だという点に納得がゆく。だが、わざわざ分離する手間を掛けた理由は、不明なままだ。

 犯人一味に魔法使いが居るのだろうか。

 逃亡を防ぐだけなら、【睡眠】など、もっと簡単な術がある。

 何故、そちらを使用しないのか。

 「念の為に古都大の周り、パトロール増やすように言うとくから、白神さんらも、気ぃつけて帰ってな」

 大原が二人を送り出す。

 一緒に出て、府警に戻ろうとする三千院を引き留めた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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