表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い白百合  作者: 髙津 央
第一章 失踪事件
10/65

10.普通の罪

 交番勤務時代、三千院が最も驚いた事件は、幼稚園のママ友トラブルだった。

 罪状は、窃盗、故物売買、器物損壊、傷害、名誉棄損、公務執行妨害。


 被害者と加害者は、共に同じ公立幼稚園に子供を預けていた。

 被害者は、第一子を育てる新米ママ。

 加害者は、五人の子を育てるベテラン。

 長子は中学生で、末子が新米の子と同級生だった。子供は全員、同じ園に通わせた為、保護者の顔役のようなことをしていた。

 押しの強い性格で、当初は保護者の意見をまとめ、幼稚園と交渉し、数々の改善要求を通して来た。

 そこまでなら、「頼りになる姐御肌のお母さん」でいられただろう。

 園への要求が次第に身勝手になり、保護者の集まりでも、良識ある母親達に(たしな)められるようになった。


 良識派の数は少なく、ベテランと追従者(ついしょうしゃ)から「普通、園を良ぉしようと頑張ってる人を応援するもんやろ」と反発を受け、数の力で黙らされたと言う。

 親に言い含められたのか、良識派の子らが、ベテランと追従者の子にいじめられるようになった。

 保育士らは、いじめの首謀者を知っていた。ベテランと()めることを恐れ、叱らずに放置。追従者の子のみを叱った。

 そのことで、追従者の何人かが「ウチの子は普通や。いじめっ子が怖ぁて言うこと聞いただけやのに」と、ベテランから離反。かと言って、良識派に受け容れられる筈もなく、園内で親子共々孤立した。私立に転園したり、引越す親子も現れた。


 事件の被害者となった新米親子は、父親の転勤に伴い、年度途中で転入してきた。

 偶々(たまたま)空きがあった為だが、実情は、ベテランに追い出されてできた空席だった。


 ベテラン主催の「保護者会」が、参加者宅持ち回りで週一回、開催される。

 ベテランのシンパで、当日にパートなどの予定がない者だけが参加する。

 新米ママは、「普通、新入りがするもんやから」と言われ、祝日の前日に自宅マンションで「保護者会」を受け容れることになった。


 この日は八人が参加し、リビングで応接した。

 リビングとキッチンスペースは、一続きになっている。カウンターキッチン越しに、双方の様子がよく見えた。


 主な議題は、新米とのメールアドレス交換と、ベテランに逆らうママさん達をどうやって追い出すか。良識派に関する根拠不明なよからぬ噂話などだった。

 場を提供した新米は閉口したが、今日のところは諦め、お開きまで耐えた。


 解散後、新米ママのケータイに、参加者の一人からメールが来た。

 曰く、忘れ物をしたから、今から取りに行かせて欲しい、と。


 見ると、座布団の傍にハンカチが落ちていた。了承の旨、返信した直後に、何か大きなファイルが送られてきた。

 受信完了前に送信者が来た。

 玄関を開け、ハンカチを渡そうとすると、話があるから入れて欲しい、と言われた。

 断る理由を思いつかなかった為、中に入れると、信じられない話が飛び出した。

 「あのな、磁石、盗られてるで」

 「えっ?」

 「証拠の動画、今、送ったから、見て」

 まだ片付けていないリビングに戻り、二人でケータイの画面を見詰める。


 家人である新米ママが、トイレに立ち、席を外した。

 ベテランが席を離れ、キッチンスペースに侵入する。

 撮影者は立ち上がり、画面がカウンターに接近する。

 ベテランが、冷蔵庫の扉からマグネットを三つ外す。

 そのままマグネットをスカートのポケットに入れる。


 一連の流れが、鮮明に写っていた。

 「私、お茶のお代わりもらうフリして、カウンターのとこで撮ってん」

 マグネットは、子供の好きなアニメのキャラクターグッズだ。

 仲のいい子が、引越しの餞別にコレクションの一部を譲ってくれた。

 人気が高く品薄で、ネットオークションでは、一個が数千円から数万円で取引される。

 転売目的の買占めで値が釣り上がり、メーカーも対応に苦慮している、とニュースで知ったのは、つい最近だった。

 くれた子の親にメールで返却を打診したが、「正規価格の二百円で買ったから、そのまま持っていて構わない」と返され、子供に使わせている。娘も気に入っており、自分で冷蔵庫に園のお知らせなどを貼っていた。


 「みんな、あの人には色々盗られとってねぇ。まぁ、言うても子供の玩具ばっかりやし、そんなモンで普通、警察、言わんでしょう」

 何人かが、園に返却の仲介を依頼したが、「園外のできごとですから」の一点張りで、対応を拒否された。

 ベテランに直接、返却を迫った保護者は、「泥棒扱いするな! ウチが盗った言う証拠なんかないやろ!」と逆上され、泣き寝入りを強いられた。その後、子供がいじめられ、園を去った者もある。

 動画の撮影者は、経済的な理由で、私立への転園も引越しもできない。自分はグループ内では格下扱いで、何とかこの状況から抜け出したい、と言った。

 「あの、これ、泥棒ですよね?」

 「せやけど、盗ったもん返せ言うたら、もっと酷いことされんねんで。気ぃつけや」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
設定の説明とイラスト置場。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ