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あなたのバーの片隅で

作者: おつかれ

 古びた回転椅子にカウンター、この店にはいつも一人。私は目の前にある埃のかかった酒瓶をぼんやり見つめながら、頬杖ついて淡青色のカクテルを一口飲む。

酒については詳しくないが鮮やかで甘酸っぱい、名前も知らないこれが好き。


いつもの一番奥の座席に腰を掛けて、彼が来るのを期待しながら時間が過ぎるのを待つ。


 彼と初めて会ったのは今から2年位前だったかな。その日は雪が降っていてとても寒かったのを覚えている。

あまりの冷たさに耐えられなくなって、この古びた建物に入り薄暗い店内の奥にある一角でアルコールを注文した。ぐっと飲んで体を温めいていたら灰色のPコートにマフラーをぐるぐる巻きにした君が一つ席を空けて隣に座ってきたんだっけ。


 彼は今日も落ち込んでいるのだろうな。


いつもみたいに溜息ついて、満足に仕事をこなすことができない自分自身を叱責する。苛立ちを他人にぶつけることはお門違いだということは自覚しているけれど、やめられなくてそれでまた自分を責め立てる。


そんなどうしようもない彼を今日も優しく慰めてあげよう。


根暗で臆病、卑怯でマヌケ。けれど一抹のプライドだけはあって普段はおどおどしているのに、誰かに馬鹿にされると途端に顔を真っ赤にして必死に言い返す。


普段は本性を隠してて大人しいから周囲はドン引き。でも、怒りが収まるとケロっとするからそんな奴は情緒不安定でヤバい奴扱いされて当然だろうね。


この間は、話しかけられてもてきとうに頷いたり、コミュ障だから見当違いな返答ばかりして、煙たがられてるって話をしてくれたね。君は自分がよくないことをきっちりと自覚してる。友達のいない社会不適合者だということは、よーくわかってる。


でも、周りから避けられ嫌われている本質的な原因を考えようとせず、自分の欠点を少し掘り下げ、はあって一つ息を吐いて、その時の記憶を葬り去るからいつまで経っても進歩しない。


本人は忘れた気になってるけど、抽象的な残骸が脳に散らばっているから、嫌な記憶の断片がフラッシュバックしていつまでもくよくよしてるし。


 そう言われれば、あの時はひどく落ち込んでいたね。私から見れば取るに足らないことで悩んでた。自分の考えを相手に伝えないから話が本意とは全然違う方向へ動いていって誤解がどんどん膨らんでいくんだって。



君は周りに何を求めてるんだろう。しょせん他人なんだから血の繋がった家族のように親身になって接してくれる人なんかいるわけないじゃん。家族だってそう。人間は相手を心から信頼するなんてことしたら馬鹿を見ることになるのは自明のこと。子供だって知ってるさ。お互いにプラスがあるから仲良くなる。


金の切れ目が縁の切れ目。これは非常に的を得てて大好きなことわざだけど、なにも金に限ったことじゃない。利益がなかったら付き合いなんて簡単に解消されるもんなんだよ。


 馬鹿なのにずる賢くて、責任を取るのが嫌だからとぼけたふりしてすぐ他人に頼るよね。甘えたがりのグズ野郎。そんなだから野放図で厚顔無恥な連中に舐められるんだよ。


赤ん坊みたいに誰かにすがりたいのなら、それはそれでいいけど、そんなやつが馬鹿にされるのは当然だよ。


こんなダメ人間、誰かが支えてあげないとどんどん道を踏み外して真っ逆さまにどん底へと落ちていくだろう。私みたいなよっぽどなお人よしと出会えなかったらね。


1人で生きていけないなら集団に紛れるべきなのに彼はそんな努力すらせずにのうのうと生きている。


自分の気色悪い行動を棚にあげて周りが理解してくれないことを嘆いて死にたい、生きるのをやめたいって言い続けて。ホント情けない奴だ。



でも私は、そんな姿を見てもイライラしたりしないし、見下したことも一度もない。だって、いつも優しくしてくれるし、ときおり言う冗談も日陰者のわりには意外と機知に富んでるから一緒にいても飽きないし。


彼は容姿に自信がない。私は別に何とも思わないけど目が細く、しわしわした顔は年よりいくつも老けて見えて嫌らしい。


外に出るのが億劫なのか、ずーっと家にこもってる。家から出ても真っ黒な帽子を目深にかぶって誰とも目を合わせようとしない。口を開くとあって言うし、声が小さいからもごもごしてて聞きとれないし。


でも、私と喋るときは偉そうで語気も強めで口下手とは思えないほど達者に話してくる。


そのさまは内弁慶って感じでこっちが恥ずかしくなるくらい。


外でもそんな風に堂々としてればいいのに自分に自信がないからどうしてもおどおどしてしまうのだろうな。


 私は自分で言うのもなんだけど整った容貌をしていて、きりっとした目は切れ長で、笑うと口角がキュッとして可愛いと思うし、短めな髪はボーイッシュみたいで元気がいいと評判だ。


けれど、大人の落ち着きもしっかりと理解しているから年齢よりも上に見られるのは少し困ったところかな。自分の容姿に自信があるから、びくびくしないし怖気づいたりしない。


なんだったら道行くマジョリティ全開の善人面した連中にニコッと笑顔を見せてあげるくらいの余裕の持ち主。


 今日も普段のように仕事帰りに寄ったことになってるから真っ白なYシャツと真っ黒なスラックス。服装はいつも清潔に保ってて、カウンターに置いたリクルートバッグは就活時代から愛用してる。


鞄の中には手帳や香水、化粧品。飴玉やお菓子ももちろん常備。彼の嵌っている映画や本は逐一エバーノートに入力しているからいつでも趣味の話にのってあげることができる。


孤独な人は誰とも好きな話題で熱中することができないから私が話し相手になってあげないとね。 


お、どうやらそろそろ彼がくるみたい。私と会うときはひどく落ち込んでいて今にも死にそうなくらいに顔を真っ青にしてるから、しっかり相手してあげないと。


彼の話に相槌打って、わかってあげてる風な態度で、でもたまに虐めたくなるからわざと反対のこと言って困らせてやるの。さあ、今夜は遅くまで付き合ってあげようかな。


私の心情を彼に打ち明けたことはないけど、君のことが大好きだ。


今日も会えることを何よりも楽しみにしてたくらい。私は君のための都合のいい女。


忘れられても思い出してくれればそれでいい。大好きだから何でも知ってる。


起きる時間や嫌いな上司、最近14時間も睡眠をとったことに近所の歯医者で奥歯を抜いたことも。それに恋愛事情もしっかりおさえているよ。


どうして彼のことを色々熟知してるかって。だって私は永遠の恋人。万が一君に彼女ができたとしても無限に愛する自信があるよ。


なんでって当然さ。



私こそ実は本当の孤独な女なの。



君の世界で生き続ける。忘れないでいてくれるなら。思考し続けてくれるなら。


自己紹介でした。

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