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4話

「ほんとにこいつがバイトしたいのかぁ?」


俯く俺の顔を覗き込むようにして見てくる高山さんのお兄さん。


ううう……、違うんです。俺はそんなこと一言も言ってないんです。


「え、違うの? 寺岡くん」


一瞬、本当に心を読まれたのかと思い、わざとらしいほど肩が跳ねた。

いやいやいや! これはお兄さんの言葉に対する返事なんだ。

そう自分に言い聞かせて、


「イイエ。バイトシタイデス」


ガタガタ歯を震わせながら必死に紡ぐ言葉。


「だよね、良かった。だって寺岡くんいつも私のことみてたから、てっきりこの仕事に興味あるんだと思って」


「え゛、 気づいてたの!?」


本気で驚いて、恐怖すら忘れ、素に戻って叫ぶ。


「あれだけ見られてたらね」


「そっかー、気づかれてたかー。アハ、アハハハ」


もう笑うしかねぇや!!!


「まあ、やる気があるんならいいけどよ。もしあやめの勘違いならこいつ殺すことになってたぞ」


ガハハハハと笑うお兄さん。


笑い事じゃねぇよ!


頭の血がサーっと引いていくのが分かった。

冷や汗が止まらない。


「俺、殺されてたかもしれないんだ……」


ぼそりと呟いたのに、お兄さんは丁寧に拾ってくれた。


「そりゃ当たり前だろうよ。こんな家業のことを知ったやつをシャバに放り出すわけにいかないだろ」


「デスヨネー」


「そうと決まれば契約よ。サインしてくれる?」


高山さんに真正面から見つめられて、半ば放心したように、契約書の文面などよく読みもせずにサインした。


「そういえば父さんと母さんはまだ帰ってないの?」


「ああ。見せしめの首を持っていくって言ってたから。けど、もうすぐ帰ってくるだろ」


見せしめの首!?


暗殺者というものを目の当たりにしたところで、お兄さんが俺の手から契約書を取った。


「ふーん、お前虎太郎ってのか。じゃあタロウでいいな」


「え、あ……はい」


何でそっちをとったのか、聞けるわけがない。


「あの、お兄さんの名前は?」


だけどここは名前を知るいいチャンスだと思って尋ねたのだが、


「だァれがお兄さんだ!!!!」


まずったみたいだ。


「あん? やっぱりテメェあやめの彼氏か! 俺の目が黒いうちは許さねぇぞ!!」


「だからサツ兄違うって」


高山さんは大きくため息をついた後、教えてくれた。


「この人はサツキ兄さん。サツキって名前嫌いみたいだから、サツって呼んであげて」


なるほど。俺がタロウになった理由がなんとなく分かった気がした。


「よろしくお願いします、サツさん」


ぺこりと頭を下げたところで、


「ふぅん。お父さんたちが一生懸命考えた名前が気に入らないっていうの? サツキは」


ほんわかした口調なのに、その芯にはとんでもない恐怖が秘められている……ような声が聞こえた。


サツさんもその声の主が誰だか分かっているみたいで、恐る恐る後ろを振り返った。


「お、お帰り父さん……」


そこには、にこやかな笑顔の40代くらいの男の人がいた。

とても暗殺業とは縁がなさそうな、この人が高山さんのお父さんか。 犬とイカスミパスタを間違えたってのは何となく分かる気がした。


「お母さんもいるのよ〜」


お父さんの後ろからひょっこり顔を出したのは、ブロンドヘアの女の人。顔立ちは日本人離れしている。


「それで? サツキって名前に対する意見、もっと聞かせてくれてもいいんだよ?」


「いや、大丈夫……です」


さっきまで威勢の良かったサツさんは急にしおらしくなってしまった。


そんなにお父さんが怖いんだな。

この見た目からは想像も出来ない。


「それで、そっちの子は? お客さんかな?」


「どんな用かしら?」


高山さんのお父さんとお母さんの目が細まる。

その鋭さに全身の毛が逆立った。

無意識のうちに半歩下がっていた。


「バイトの子よ。だから父さんも母さんもそんなに威嚇しないで」


高山さんが説明すると、高山さんのお父さんはすぐに笑顔になった。


「なんだなんだ。それならそうと早く言いなよ。お父さん勘違いしちゃったじゃないか」


そう言いながらバンバンと俺の肩を叩く。


「えーと、虎太郎くん? 僕のことはボスって呼んでくれたらいいからね。これからよろしく頼むよ」


「ハイ。ヨロシクオネガイシマス」


高山さんのお母さんも、下がっていた口角を驚くほど素早く上げて言う。


「私のことは姐さんって呼んでちょうだいね」


「ハイ、姐サン」


ああ、一体どこで俺は道を間違えたんだ。

今朝までは普通の一般市民だったのに。

なんでこんなことに……!!!


「早速、って言いたいところだけど、僕たちは仕事してきたばっかりでね。だから、詳しい説明はまた明日ってことでいいかな?」


「ハイ」


今はとにかく早くここから出たい気持ちで一杯だった。


「そうだ! 家まで送って行ってあげるよ」


だからボスが何と言ったのかよく聞きもせず、流れに乗って、ハイと答えていた。



気づいたら俺は車に乗っていた。


えええ? 何で? 今何があった?


「虎太郎くんの家はどこらへん?」


何で俺車乗ってんの?


「おーい、虎太郎くん?」


やっぱりこのまま海に沈められるの?


「虎太郎くん」


ひんやりとした空気にハッと我に返ると運転席のボスが不自然なほどの笑顔で振り向いていた。


「え、あの、すいません。もう一度お願いします……」


怯えながらも聞き返すと、意外にもボスは繰り返してくれた。


「虎太郎くんの家はどこらへんなのかな?」


「えと、商店街の近くです」


「ふむふむ。てことはあそこからが近道かな」


ボスは何か呟いたと思うと、一気にアクセルを踏み急発進した。

前を走る車を次々と抜かしていき、あっという間に周りの景色が後ろに過ぎ去っていく。

スピード違反してないか、これ。


「あ、ごめん。道間違えちゃった」


ボスはそう言ったかと思うと、あの恐ろしいスピードのままUターンした。

けたたましいタイヤの音が響き、俺の体は遠心力で吹っ飛ばされる。


「虎太郎くん悪い子だねぇ。後ろだからってシートベルトはちゃんとしとかなきゃだめだよ」


「……すみません」


こんな殺人Uターンするって分かってたらシートベルトしてましたよ!


その後はただ警察に捕まらないことだけを祈って後部座席で大人しくしていた。

だから、商店街のアーケードが見えたときにはホッとした。


「あ、ここで大丈夫です!ありがとうございました!」


すぐさま止まるように言って、慌ただしく車を降りる。

ボスの車は黒い軽四。なんだか意外だった。


「いいよいいよー。それじゃあ気をつけてね」


「はい」


ボスはエンジンを吹かせながら夕暮れの街に溶け込む……ことはできなかった。

商店街の賑わいがやけに小さく聞こえた。



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