3話
最初に俺を出迎えてくれたのは、真っ黒いもふもふした毛並みの大きな犬だ。
遠くから見ると汚れたモップのようだ。
それによく見ると口周りに赤いものが付いている。
この色合いは……血?
もしかしてこいつ、人を食うんじゃ……。
「ただいまイカスミ。あら、あんたまた勝手にトマト食べたでしょ。冷蔵庫は開けちゃダメっていつも言ってるじゃないの」
「わふん!」
ポケットから白いハンカチを取り出した高山さんはイカスミの口を拭いてやる。
イカスミは怒られているにもかかわらず、嬉しそうに尻尾をパタパタと振っている。
ひとまず人喰い犬じゃなくて良かったよ。
それにしてもイカスミって……。
もうちょっと可愛い名前なかったのかよ。
心の声が顔に出ていたのか、高山さんは名前の由来を教えてくれた。
「この子ね、道端に捨てられてたのをお父さんがイカスミパスタと間違えて持って帰ってきたの」
「ぶはっ!!!」
思わず吹き出してしまった。
やばい。やばい。やばい。やばい。
家族を笑うとか死期早めるだけじゃんよ!
でも、笑うなってほうが無理だろ!!!
普通パスタと犬を間違えたりしねぇよ!
恐る恐る高山さんを見ると、彼女もクスクスと笑っていた。
「やっぱり笑っちゃうよね。私も初め聞いたとき爆笑したもん」
「そっ、そうなんだ」
これはどっちだ!?
俺を油断させるためなのか、本当に笑ったのか。
つか、高山さんが爆笑って……。
「うん。さあ、ここで立ち話もアレだし、上がって」
「……おじゃまします」
通されたのは玄関から真っ直ぐ進んだ突き当たりの部屋。
ダイニングとして使われているみたいで、四人がけのダイニングテーブルに向き合うように座った。
で、今俺の目の前にあるのは一枚の紙。
「何これ」
「何って契約書よ」
「ケイヤクショ……?」
一瞬漢字が思い浮かばなくて、オウムのように繰り返す。
「もうすぐみんな帰ってくると思うから目を通しておいてね」
高山さんの言葉が終わるや否や二階からドタドタと足音が聞こえてきた。
次の瞬間、
「あやめー!!ただいま!!!!」
荒々しくドアが開かれ、パツキンど派手な男が高山さんに抱きついた。
大樹!例の男を発見しました!
アブナイっつかヘンタイなんですけど!?
もはや一文字しか合ってないんですけど!?
「お帰り、サツ兄」
お兄様!!?
このパツキンど派手が?あまりにも似てなさすぎる。まさか血の繋がらない兄妹とか……?
「一人で寂しくなかったか?変なやつに付きまとわれたりしてないか?」
しつこく尋ねるお兄さんにうんざりしているのか、高山さんは適当にあしらう。
「はいはい。大丈夫だから。それより、サツ兄お客さん。挨拶して」
高山さんに言われてようやく俺の存在に気づいたお兄さんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「おぅおぅ、テメェまさかとは思うがあやめの彼氏じゃねぇだろうな」
「いえ!滅相もございません!!!!」
首が取れるんじゃないかと思うほど横に振り、身の潔白をアピールする。
「そうよ。寺岡くんはただのクラスメイト」
ただのクラスメイト発言にちょっと泣きそうになったのだが、次の言葉でそんな思いもどこかへ吹き飛んだ。
「暗殺者のバイトしてもらうのよ」
「えっ!!!?」
そう叫んだのはもちろん、俺だ。
暗殺のバイトって何すんだ?って人殺ししかないよな?嫌だよそんなの!まだってか一生前科なんか持ちたくねぇよ!つか、そもそも暗殺者ってバイト制あるんだ。
突飛な話に困惑する俺と、冷静に突っ込む俺がいた。