2話
さあ、時は満ち、決行の時は来た。
俺は隣で帰る用意をしている高山さんに声をかける。
「ねえ、高山さん。この後暇?」
高山さんは少し考えるように視線を巡らせた後、
「まあ、予定はないよ」
と、いつものポーカーフェイスで答えた。
よっしゃ!第一関門突破!
だけど、大変なのはこれからだ。
「もし良かったらさ、母さんの誕生日プレゼント選ぶの手伝ってほしいんだ。俺が選んだものいっつも趣味悪いって怒られてさ。だから、いい?」
高山さんを誘うのに不審がられない理由を一日考えて出来上がったのがこれだ。
できるだけ不自然な言い方にならないように気をつけたけど、上手くいってんのか?
「私で良ければ手伝うよ」
「ありがとう!早速だけどどっかいい店知らない?」
「それじゃあ……」
高山さんの提案で商店街に来た俺たち。
これってはたから見たらデートしているように見えるのだろうか。
にやける顔を必死に堪える。
って、大切なこと忘れてた!
そもそも、高山さんの噂を晴らすために誘ったんだろ!普通に楽しんでどうする!
「あのさぁ、高山さんって普段何してんの?」
ちらりと横目で見ると高山さんも丁度こっちを向いて、バッチリと目が合う。
その視線にしびれたように動けないでいると、
「……暗殺」
「はい?」
俺は耳を疑った。
え、今暗殺って言った?暗殺ってあの暗殺?観察の聞き間違い?だとしても何の観察?
「あ、あれ」
高山さんが指さしたのは商店街の電気屋のテレビだ。
何台ものテレビが映しているのは朝から話題の首相暗殺事件だ。
ん?暗殺って……!
「まさか……?」
お願いだ、予想外れてくれ!
だけど高山さんは無表情のまま頷いた。
「私がやった」
しかもお前が首謀者かよ!!!!
俺は脚の震えが止まらなくなった。
はっ……!
この事実を知った俺は消されるんじゃ……!?
でも高山さんに消されるなら本望……ってアホか!
俺まだ死にたくねぇよ!?まだ高校二年生だよ!?
華のセブンティィィンだよ!?
「寺岡くん」
「ひゃい!!!」
突然名前を呼ばれるもんだから声が裏返ってしまった。だけどそれを恥ずかしいなんて思う余裕は今の俺にあるわけがない。
「今から家に来る?お母さんの誕生日プレゼント買うってのは嘘なんでしょ?」
バレていらっしゃる!!!!
なるほど。外だと人目につくから家に連れ込んで殺そうって、魂胆か。
尋ねてるんだから断るっていう選択肢もあるわけだ。……無理に決まってんだろ。
断ったところでどうせ夜中に殺られるんだろ!?
「行キタイデス……」
震え声にならないように細心の注意を払う。
「じゃあ付いてきて」
そう言うと高山さんは直角に方向転換して路地に迷わず突っ込んだ。
「えっ、ちょっと!」
慌てて俺を路地に入る。
ゴミやガラクタがうず高く積まれるその道を、高山さんはまるで舗装された道路を歩くように進んでいく。
一方俺は、あっちでぶつけ、こっちて蹴っつまづき、彼女の背中を見失わないようにするので精一杯だった。
行き止まりじゃん!と思いきや、塀の上に猫のようにしなやかに飛び乗り、悠々と歩いていく。
俺が無様に塀によじ登ったとき、平衡感覚もばっちりな高山さんはすでに次の塀に移っていた。
もうどこをどう通ったのか覚えていない。
「着いたよ」
その言葉でようやく周りの景色が目に入った。
超がつくほどの豪邸でもなければ、人目を避けるように建てられたボロ屋でもない。
ごく普通の住宅街にある一軒家だ。
何で?何であんな変な道通ったんだよ!?
「中汚いかもしれないけど、ごめんね」
それは殺人現場的な意味で?
ああ、これがまな板の上の魚ってやつか。
足掻くことなどできないまま俺は魔窟に足を踏み入れた。