1話
この作品はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。
ピッピピピピ、ピピピピ、ピピピピッピ
目覚まし時計のアラームが延々と同じフレーズを繰り返したところで、やっと俺の目は覚めた。
キッチンに行って戸棚からシリアル、冷蔵庫から牛乳、食器棚から深めの皿とスプーンを取って食卓につく。
と言っても、ただのローテーブルだ。
テレビをつけると朝からけったいなニュースが流れてきた。
「おはようございます。7時になりました。朝のニュースをお伝えします。昨夜未明、首相の山田剛史が何者かによって暗殺されたことが分かりました。山田政権は──」
暗殺!?
普段聞きなれない言葉に思わずシリアルを食べる手が止まる。
けどそれも数分のこと。
早く食べなきゃ学校に遅刻する。
高校生には世の中の政治なんかより、学校のほうが大事なんだ。
さて、なんで高校生の俺が一人暮らしをしているのか。
話は簡単。親の海外転勤だ。
行きたくなかった俺だけ日本に残ったってわけだ。せっかく頑張って受験勉強して入ったわけだし、それに転勤先は英語圏ですらないらしい。
漫画みたいな話だけどマジな話なんだな、これが。
そんな一人暮らし生活ももう二年目。
「いってきまーす」
管理人の広田さんに声をかければ、いつものようにのほほんとした挨拶が返ってくる。
「おお、虎太郎くん。いってらっしゃい」
前の家は父さんの会社の社宅で、俺だけそのまま住むことは許されなかったので、見つけたのがこの古びたアパート。
だけど、交通の便はいいし、なにより学校から徒歩10分という最高の物件だ。
朝から賑わう商店街を抜けて東に向かうと高校がある。
校門が見えてきたところで俺はピンと伸びた背筋を見つけた。
あんなに綺麗な姿勢の人を俺は一人しか知らない。
「おはよ、高山さん!」
「……おはよう。寺岡くん」
はぁ、今日も綺麗だな……。
感嘆のため息が出そうになるのをこらえて会話を続ける。
高山さんこと、高山あやめはこの春に転入してきた女の子だ。
無表情で、眠そうな目をしていて、いつも髪はボサボサ、おまけに今どき珍しい膝丈スカート。
なんだけど、そんなものでは隠しきれないほどの美貌が彼女にはある。
透き通るような白い肌、バランスのとれた端正な顔立ち、凛とした声。
友だちがいないわけではないが、どちらかと言うと一人を好むタイプで、普段は教室で静かに本を読んでいる。
だからなかなか声をかけられないでいたんだけど、こないだの席替えでようやく俺にチャンスが回ってきた。
そう、隣の席になったのだ!
これがきっかけで話すようになったんだけど、きっと高山さんは俺の気持ちには気づいてない。
それでも朝一緒に登校できるだけでいいんだ、俺は。
と、幸せを噛み締めていると、
「コッタロー、おっはよー!」
ドンッと後ろから押されて前へつんのめる。
誰だ!?俺の至福のひと時を邪魔するやつは!
睨むように振り返ると、小学校からの腐れ縁、大樹がニヤニヤしながら立っていた。
「あ、高山さんもおはよー」
「……おはよう、冨岡くん」
「ねー、高山さん今日の課題さ、見せてくんない?」
「またやってこなかったの?」
「昨日は部活で疲れてたんだよー。お願いします!」
「……分かった。いいよ」
「やったぜ!ほんとにありがとう!ジュースでも奢るよ」
そうだ、こいつも高山さんを狙う男の一人だ。
俺の頑張りを横取りしやがって……!
「あ、俺朝先生にプリント配っとけって言われてたんだ!大樹手伝え!ってことで、高山さんまた後でね!」
「え?ちょっ……!?」
戸惑う大樹の襟首を掴んで学校に引きずる。
「ちょっとちょっとコタローくんよ、嫉妬したからってこれは酷いんじゃないの。」
「嫉妬じゃねぇよ!」
「じゃあなんなんだよ」
「……むかついたから」
「嫉妬じゃねぇか!!」
「うるせ!」
肘でどつくと、どつき返された。ので、エンドレスどつきをしていると、急に大樹が真剣な表情になった。
「なあ、コタローよ。知ってるか?」
滅多に見ないその顔に俺の顔も引き締まる。
「何をだよ」
「高山さんの噂」
「なにそれ初耳」
「なんでも、アブナイやつと繋がってるらしい」
「アブナイやつって……?」
「そりゃ、そのへんの不良なんかとは比べもんになんないくらいのアブナイやつだ」
真っ先に思い浮かんだのは、警察密着ドキュメンタリーでもよく取り上げられるあの人たち。
「まさか!高山さんにかぎってそんなこと!」
「だけど俺の友だちが見たって言ってんだよ。高山さんがパツキンど派手な男から何かを受け取ってたって」
「でもそれが何なのかは分かんなかったんだろ?」
「でも相手の見た目がよ……」
「人を見た目で判断しちゃいけません!」
「オカンみたいなこと言うなよ。まあでも、そのへんの調査よろしく頼むぜ」
ぽん!と俺の肩を叩く大樹。
え?調べる?何を?いや、予想はつくけど!
「なんでお前がやんないんだよ」
「だってコタローのほうが高山さんと仲いいじゃんよ。……それにまだ死にたくねぇし」
「おい、最後なんつった!?」
「そいじゃあな〜。お前はやればできる子だって俺は知ってるよ」
俺の質問には答えず、大樹はさっさと学校の門をくぐってしまった。
ったく、意味わかんねぇよ!
高山さんの噂ってのも聞いて呆れるレベルだし。
でも、もし本当だったら……?
いやいや、そんなこと有り得ない!
けど!けど!!けど!!!
「……探ってみるか」
あくまでも、これは高山さんの疑いを晴らすためなんだ!
そう意気込んだ俺の横を、高山さんが颯爽と通り抜けていった。