表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

知ってましたけどね

作者: 冬鬼

かるーく、サクッとどうぞ?

「‥‥‥‥‥いつ、目を覚ますんだ、コイツは。」


ベットの上で横たわる名ばかりの妻に、大きな背を丸めた夫である男が見つめていた。


さっきから同じ言葉を繰り返す男に、

妻を看ていた医者と看護士は心の中でため息をついた。この男は今更何を言っているのかと。


この男は妻とは政略結婚で、愛のない夫婦だと言われている。実際その通りで、夫は軍人の職に就いているため帰りがいつも遅く、妻の相手をしていなかった。休みの日にやっと妻の相手をすると思ったら、妻は放ったらかしで娼館に行って帰ってこない。かろうじて夫婦の寝室は一緒で、ともに眠っていた。


本当に、だめな男だったのだ。たつ前も娼館に行っていたらしい。


その妻が病にかかっていたのはこの屋敷では有名で、知らなかったのはこの男一人だけだろう。その事実を知っていたら、妻への態度も変わっていたのだろうか。


使用人達はいつも妻のことを気にかけていて、確実に男よりも交流があったし、胸を張って私達は奥様のことを大切で、とても好ましいと思っていました。と言えるだろうと言っていた。


確かにその通りだと思う。何故ならその妻は結婚する前は気立てが良くて、しとやかな令嬢として見合い話の絶えない女性だった。だから結婚した後もこの夫婦の現状を知った両親は他の男性を勧めたが、女性は微笑んで首を振っただけだったという。


そう考えながら、医師は三度目の同じ言葉を男に告げた。


「奥様は、お亡くなりになったでしょう、心臓が動くのは一分に一度。体もかなり弱っている。回復の見込みはありません。」


なんだってこの男は、蔑ろにしていた妻の事をこんなにも聞いてくるのだろうか。


背中を丸める男は、妻を見つめながら、今までの事を振り返っていた。


随分と、呆気なく逝ってしまうものだな。俺の横で笑ってはくれなかったが、笑顔を絶やさないでいた元気な妻は。

‥‥いや、俺が側にいなかっただけか。


フッ、と自嘲気味に笑う。


今は顔が青白くなって、眠っているようにしか見えないのに、彼女は死んでいるらしい。

彼女とは政略結婚で、家のことなら仕方がないと思っていた。だが、少しだけ、誰が親の決めた政略結婚なんて、してやるかと少し反抗的な面もあった。


あわよくば、離婚してしまおう思っていた。なのに、妻は噂通り、良くできた女性だった。だからお嬢様のこうゆう女には、娼館に通って家に帰らなければかってに傷ついて離婚するように言ってくるはずだ。


一応最初に、妻ができるのは少し面倒くさいと、そのことを妻に直接話したら娼館に行っても文句は言わないと言ってきた。

話のわかる妻で助かると、当時は浮かれたものだ。その言葉通りに、自分はすっかり馴染みの娼館に入り浸りだった。


たまに家に帰ってくる頃は、妻は驚いた顔をしたが、その表情にむっとして、自分が自分の部屋に帰ってきても別にいいだろうと言うと、妻は笑ってそうですね、とベットの隣を空けてくれるのだ。彼女と眠るときはよく眠れて、煙管の煙の臭いが染み付いたシーツではなく、石鹸の香りのするシーツと枕に顔を埋めて妻と向かい合って寝たものだ。


朝起きるのは決まって自分が先で、妻の寝顔は可愛らしかったので起きてから十分はその場から動かないことが多い。満足したら、着替えて、妻に毛布をかけ直してその部屋を出ていく。それから、しばらく娼館通いの日々がまた始まるのだ。

無意識に、娼館で妻と同じような女を探していると気づいたのはつい最近で、少し自分に戸惑ったが、あの気立ての良い娘は自分の妻なのだから、別にそう考えてもおかしくない。


‥‥妻。‥そうか、あの娘は自分の妻だ。


そう考えたらやけに身体が熱くて、妻に会いたくて仕方がなかったので、さっさと帰ることにした。

これからは毎日一緒に朝食と夕食を食べて。一緒のベットに寝て、たまにはお風呂にも一緒に入ってみてしまったり。

そう考えると、楽しみでしょうがなくなってきた。


「‥‥‥‥‥‥‥」


それなのに、妻は寝ているのだ。夫の自分を置き去りにして、ベットの横を空けてくれない。‥自分を、夫と呼ぶのは妻は許してくれないかもしれないが。


ベットの前で両膝をついて、妻の手を両手で握り締め、懺悔をするように頭を下げた。


どうか、どうかこの言葉を言うことを許してくれ。聞いていなくても良いから、娼館の女達に何回も言ってきた言葉でお前をはかりたくなんてない。

どんなに本気で言ったとしても、自分が言ったら安っぽくにしか聞こえない。こんなことなら、もっと真面目にしてくれば良かった。‥‥きっとお前がこの言葉を言ったら、どんな男でも本気になってしまうのだろうな。


「‥‥好きだ、愛してるんだ。」


本当に自分が言うと安っぽく聞こえるな、と自嘲気味に笑った。

この際、全部吐き出してしまえと口からポツリぽつり、言葉が漏れ出した。



◇♢◇♢◇♢◇♢◇♢◇♢◇♢◇♢◇♢◇



自分の体の前で懺悔の格好をしている夫を見つめる。この人は本当にしょうもない人だなぁと苦笑いする。さっき聞こえた言葉は、信じてあげることにしよう。


私は、この人の妻になった。もう三年も前のことのような気がするし、つい三年前のことのような気もする。


私は夫のことは結婚する前から知っていて、良く闘技場に連れられて行くと毎回表彰台にのぼる人だったから、良く覚えている。まさか貴族とは思わなかったから結婚するとは夢にも思わなかったけど。


やっぱり、といったら失礼だけど、思った通りどちらかというと遊び人?のようで、毎日のように娼館に行っていた。

たまに家に帰ってくるが、連絡も何もないのでびっくりすると、夫が拗ねたような顔をするので思わず笑ってしまったり。


二人で寝るベットはやっぱり暖かかった。目を開けると、もう隣には居なくて、自分には魅力が無いのかと落ち込むこともあった。だって、すぐにまた娼館に行ってしまうから。


病にかかったのは二カ月ぐらい前の話で、今日はすごく具合が悪い。これは死ぬなーと、なんとなく朝起きたときからわかってしまった。メイドに夫は家にいるかと聞くと、首を横に振る。


メイドが気まずそうに目をそらして、水を変えに行った。‥最期ぐらい、お別れぐらい言えないんですかね、あのだめ夫は。まぁ、ほったらかしにされた三年だったけど、ここの人はいい人ばかりだったし、結構、かなり充実した結婚生活だったなぁ。


なんだか急に瞼が重いなぁと思って、ぴたりと止まってしまって。真っ暗になって‥‥気付いたら私の体の前にいた。


最初は何がなんだかわからなかったけど、きっとこの世に未練があるんだろう。未練といったら私にはもう夫のことしかないだろうなぁと思って、夫を呪いにでも行こうかな、思っていたら夫が戻ってきたのだ。



私の体の前に座って、ぽつぽつといろんなことを語り出す夫。なんと、誕生日プレゼントは毎回貰っていなかったが、実は買っていたらしい。一度も渡されたこともないのに。


一年目は白いネグリジェ、なんでも北国から取り寄せた特殊な糸で、寝るときも寒くないように、体が冷えないようにオーダーメイドで作ってくれたそうだ。


二年目は華奢なネックレス。シンプルなデザインで、ただのチェーンのようなのに、きらきらと星がその金属に練り込まれたように輝いている代物で、誕生パーティーの時に身に着けさせるつもりだったらしい。


三年目は結婚指輪。婚約指輪しか持っていなかったので、結婚指輪を買ったのだそうだ。夫が選ぶにはシンプル過ぎて、店の店員にからかわれたという。


それらは全部夫の書斎にあって、渡すに渡せないでいるのだと‥もう、渡せなくなってしまったが。そう告白されるとどうしても見てみたくなり、私の体に語りかける夫を残して、夫の書斎に向かった。


「‥‥おぉ‥すご‥‥」


タンスに隠されたものを無事に見つけた私は、引っ張り出して、並べてみた。どれも私好みのデザインで、生きていた頃なら夫に抱きついてしまうぐらいに嬉しがっていただろう。


しばらく物を見つめていた私は、ふと思った。


触れるのならば、もしかしてこれらを身につけられるのではないだろうか?

そうと決まったら行動するのが私なので、来ていた水色のネグリジェを脱ぐ。脱いだネグリジェは透明から、実体化したようで、ふぁさりと床に落ちた。そして、いそいそとネグリジェと、ネックレスと指輪をつける。


鏡の前にたったけれど、その姿は映らなくて悲しくなった。でも、着心地もいいし、胸を張って私に似合ってると言える。


夫の書斎にある簡易ベットに座って、ぼんやりと結婚指輪だというそれを見つめる。そういえば、夫の書斎に入るのは初めてだ。特に物はない、落ち着いた雰囲気の部屋。暗い色の木材で作られた物が多い。


ぎいぃと音がして、夫が帰って来たことがわかった。まだ、顔色は悪く、暗い。こんな顔を私がさせているのかと思うと、罪悪感が膨れ上がる。いつも意地悪そうにしている顔はどこにいったのだろう。


夫はタンスの前に落ちている水色のネグリジェを見て、目を見開く。‥‥隠すの忘れた。つかつかと水色のネグリジェに歩み寄ると、それを手に取った。


ーその時、体がぐいぐいぐい、と何か逆らえれない物に引っ張られた。この方向はー‥自分の体の方向だ。どうやら、呼び戻そうとしてくれてるらしい。


自分の口元がほころんだのがわかった。



▶▷▶▷▶▷▶▷▶▷▶▷▶



手に持つのは、水色のネグリジェ‥これは妻が使っていた、着ていたものだ。優しげな風貌に似合っていたので良く覚えている。朝は寝乱れたネグリジェの裾から見える白い太ももに‥‥って違う。


それがここにあるのはどういうことだ?

なんで妻の物がここにあるんだ?

妻はここに入ってきたことはないのに。

妻が入ってきたのか?なんで?なんのために?

そんなはずない、あいつは、死んだのに。


周りを見渡すと、わずかにタンスから見える服の裾‥あそこは、今日はあけていなかったはずだ。いつの間にか揃えていた、妻の洋服‥一度も妻に見せていないし、妻が袖を通したことももちろんないが。妻の服しか入っていないそこは、誰があけるというのか。


水色のネグリジェを握りしめて、入ってきたばかりの自分の部屋を出て、そして、未だ妻が眠る部屋に走った。


ばたんっと勢いよく扉を開けると、窓が開いていて、ひらひらと真っ白なカーテンが舞う。昼の光は部屋を照らしていた。その昼の光を受けるのは立ち上がっているのは‥真っ白なネグリジェを着ているのは自分の妻で。


「あら、おかえりなさい。今日は随分と早いですね?」


にっこり笑って、少し嫌みを織り交ぜたその言葉。‥妻はこんなにも明るい光が似合う女性だったのか、夜にしか見ていなかったので少し損をしていた気分になる。


だが、それも今日から変わるのだ。これから毎日、夜のランプに照らされる妻じゃなくて、日の光に照らされる妻を毎日見るのだ。三年も無駄にしてしまったが、これからは長い。新婚気分なんて取り戻せないかもしれないけど、これからお互いのことを知っていくことは出きるのではないだろうか。


涙でグシャグシャになったこの顔で、この言葉を言ったら、今度こそ受け止めてくれるだろうか。


「愛っ、し、てるっ!」


そんな情けない俺を見て、妻は結婚指輪をした手でひらひらと手を振って、知ってますよと笑ったのだった。












ちゃんとこのあと幸せになりましたよ‥続きを書いちゃうと、お月様にいっちゃうので書けません。夫が暴れちゃうので。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 幽体離脱妻が水色のネグリジェを脱ぐ→寝間着実体化 仮死状態妻のネグリジェ消失→全裸開陳 隣で告白中のダメ夫&侍女&医者→絶叫 ごめんなさい、コメディじゃないんだろうけどこうなるような…
[一言] 3年ぶり?4年ぶり?に思い出して読みに来た。今回も泣いてしまった。こうゆうのめっちゃ好みです
[良い点] お幸せにいいいいいいいい!!!! [一言] 最後のあとがきで全部持ってかれましたねww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ