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異世界における召使い指南書  作者: 黒土黒人
第一章 主人は魔族で俺は召使い
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危なげな登校

 通学路を進む。

「はぁ……きれいだ」

 これから嫌というほど見る景色なのに思わず感嘆した。

 視界の大半を低草のみずみずしい緑色が美しい牧歌的な風景が覆い、吹き抜ける風は気持のよい暖かさを孕んで包んでくれている。

 遠くにはさほど高くはない山脈が連なり、ぼんやりと城郭都市の城壁が見え、自然と人工物のよいコントラストを醸し出している。これは現代で言うならば城郭都市を除けばまさに『田舎風景』といっても過言ではない。

 どちらかといえば都会育ちの俺にとっては、田舎という言葉を聞くと「虫が多そう」「交通の便とか不便」などの抵抗を感じていたが、この世界に来て一年も経ち田舎についての概念が180°変わった。

 ここは空気が澄んでいて、心がスゥーっと洗われていくようでとても心地よく、季節の移り変わりに合わせて姿かたちを変えていく動植物たちも見ていて飽きない。

 おれの個人的な見解としては、結構気に入っている。田舎に移り住んでスローライフを送りたいという年配の方の考えもわかるような気がした。

 ……こいつがいなければだが。

 右腕に視線を送ると、そこには俺の右腕をガシッと決めたラミュエルが鼻歌交じりに楽しそうにしている。

 こいつが来てからというもののロクな事がない。いきなり部屋に押し掛けて、俺の意見関係なく居候するわ、何もせずほぼ四六時中寝てるわ、わがままで言うこときかなければあれでお仕置きするわ。

 今だって一見、「白昼堂々なにやってんだこいつら」と言われかねない格好でおいしい場面だと思うかもしれないが、俺からしたら逃げられないようにしてうまく羞恥心を煽り立てて弄ばれているとしか感じられず、なにしろ女の子特有の肌の柔らかさを布越しで感じていて……つまりは、俺の理性が試されているということだ。

 そんな地獄の時間も刻々とすぎ、とうとう学校があるベルテラグ州ホーラング城郭都市が見えるほどに迫ってきた。

 まずいまずい。あまり民家がない牧草地帯だったからよかったものの、朝でも活気づいている城郭都市にこのまま入ったら明らかに悪魔の侵入による混乱とか悪魔と一緒にいた俺の世間体とか俺についての噂とか……いろいろと大変なことになる。

「なぁ、このまま城郭都市に突っ込む気なのか? 悪魔の侵入とかで軍のやつらが黙ってないと思うぞ?」

 ほんの少し不安げに尋ねてみると、予想に反してラミュエルは不敵な笑みを見せた。

「心配には及ばないわ。軍だろうがなんだろうが、所詮私の相手にはならないわね」

「いや、倒しちゃまずいだろ」

 俺の忠告むなしく、ラミュエルはやる気満々の様子。

 確かにラミュエルの強さは折り紙つきだ。なんたって、魔術を教える側の教師や護衛兵をも震撼させたほどの魔術の才能がある。

 しかし、普段から魔物の処理とかで日常的に魔物と相対している軍はそう簡単には倒せないだろう。まして、外敵のスペシャリストである門兵。

 やっぱ最善の策はこれだよな。

「なぁ、離してくれないか?」

 何気なくを装い、物は試しと聞いてみる。

 戦闘に巻き込まれたくないし、ラミュエル自身も俺がいると戦いにくいだろう。

 すると、ラミュエルはほんの少し考えて。

「いやだ」

 おいおい。

「いやだからね。逃げられないのは分かっていて、逃げる気もないし、第一俺がいたら戦いにくいだろ? というよりも、穏便に済ます方法を考えろよ」

「ふん。どーせ向こうから先に掛ってくるだろうし、あんたがいても関係ないわ。それにあまり信用できないしね」

 俺の意見を一切聞かないつもりなのか、ツンとそっぽ向いてしまった。

 少しでも期待した俺がバカでしたよ。

 そう半ばあきらめて進み、城郭都市の輪郭と門がハッキリと見える距離まで近づいた。

 重厚な門は開いているがその前には鉄鎧に身を包み槍を持って立つ二人の門兵。

 このまま行くと100パーセント戦闘は免れない。

 門兵もそれなりの魔術で対処してくるだろうから、激しくなるのは当たり前。おそらく俺も巻き込まれるだろう。

「はぁ……」

 気が重い。

「なにため息ついているの? きもいよ」

 ラミュエルはこっちの緊張を少しも汲んでくれず、場に合わない発言どころか罵倒してきた。

 お前のせいだっちゅうに。

 しばらく進むと、門兵もこちらに気づいたのか槍を構え始め、怒声のごとく声を張り上げる。

「そこの学生! 魔物が君に取り憑いているぞ! 離れなさい!」

 こっちだって離れたいわ!

 どうしようもなくしばらくその場で留まっていると、門兵も様子がおかしいのが分かったのか一人が牛に似た聖獣を召喚した。

 げ、アピスじゃねぇか! おいおいおい、冗談だろ?! 突っ込んでくる気か?!

 案の定門番の一人がアピスに跨り、砂埃を立てながら槍を構えてこちらに向かってくる。

 明らかに救助目的の速度ではない。どんどん距離が縮まる。

「全く、血の気の多い奴らね~」

 俺の焦りを横目に、ラミュエルがやっとのこと腕を放し、気だるそうに前に出る。

「おい! 危険だやめとけ!」

 大声でラミュエルに忠告を促すが、ラミュエルはたじろぎせずノートバックから何枚もの魔法陣を取り出した。

 本当にやる気かよ?!

「これで少しは私への見方を変えることね」

 ラミュエルはそう呟いた後、余裕綽々に魔法陣をすべて握りしめて構えを取る。

 そのときにはアピスも目前に迫っていた。

 突っ込んでくる――。

 しかし、ラミュエルは全く避けず、左足を踏み込んでアピスに拳を振りぬく。


 バキィッ!


 拳とアピスの頭が接触して凄まじい音が響き、一瞬にしてアピスと門兵が宙を舞う。ラミュエルは無傷のまま。

「へ?」

 予想だにしなかった展開に、つい間の抜けた声が出てしまった。

 実際の速度は分からないが相当のスピードだったはずなのに、ラミュエルは踏み込んで殴っただけ……いや、違う。直前に握った魔法陣の紙に秘密があるに違ない。

 でも、威力倍加とか身体能力強化の魔法陣なんて耳にしたことがない、あるとしても複雑すぎて魔法陣には到底できないだろう。

 何枚も握っていたけど、まさかあの一瞬で……?

「あんたの予想は当たってるわ」

 魔法陣の紙を捨てて、すこしだけ乱れた髪を直すラミュエル。

「は? 俺の心の中が読めるのか?」

「全部言ってたけど?」

「え……」

 まじすか?! すんごい恥ずかしい!

「まぁ、そんな複雑なことじゃないし。ネタばらしすると、複数の属性の魔術壁を出現させて速度を殺してから、念のために旋風の魔術を拳に乗せてうったの。簡単でしょ?」

 ラミュエルは振り向いて微笑みながら、当たり前かのように言い放った。

 いや、おかしいだろ。

 たしかにシステムは複雑ではないが、問題なのはそのスピードだ。

 実は、魔術は呪文や魔法陣などで術式を構成し、それを発動するには一定量の魔力というエネルギーを術式に注ぐ必要があり、一定量に注ぐまでに時間を要する。自身の才能や錬度によって変わってくるが、魔法陣発動式ならば常人でも発動するのに時間はかからない。軍隊やフレリアくらいになるとほぼ一瞬で発動できる。

 しかし、それは一つの術式の話であって、複数となると訳が違う。

 複数を同時となると魔術の錬度も関係するが、魔力を注ぐのにその分の倍の時間がかかるため、ゆえに発動も遅くなる。

 しかし、ラミュエルは複数の魔術の同時発動を瞬時にやってみせた。これは人間の寿命を超えるほどの長年の積み重ねを経た魔術の錬度が必要となる業。

 ここでふとした疑問が浮かんだ。

「なんで、ラミュエルは魔術を使えるんだ?」

 学校の授業で習ったことなんだが、魔術は人間にだけしか扱えないもの。 いや、正確に言うと魔物も魔術を扱うのだが、一つだけなので一般的には特性と示す。

 魔物であるはずのラミュエルが使えるのはどうもおかしい。

「……あんたには関係ないわ」

 いいところを見せることができて上機嫌だったラミュエルが一変して、無表情で俺の問いに冷たく返した。

 何か言えない事情でもあるのか? ラミュエルの仕草に疑問を隠せないが、この際聞かないことにしよう。

 一方でラミュエルは、事態を処理できず呆然と立っているもう一人の門兵に指をクイクイと曲げて挑発している。

 待てよ。今、逃げる絶好のチャンスでは?

 ラミュエルの拘束もないし、なんとか走って門兵のところまでくれば門兵が対処してくれるだろう。

 ん? さっき逃げないって言ったとかって? 細かいことは気にするな!逃げるべき時に逃げる! いつ、逃げるの? 今でしょ。

 ラミュエルが向こうを向いている隙に……。

「よし」

 小声で気合を入れて、地面を蹴った。

 速く。自分の限界を超えて、そう今の俺ならボ○トにも負けない!

 ラミュエルの横を素早く通り抜けた。

「待てコラぁぁああああああ!」

 ひぃッ! 後ろから悪魔だけに魔の声が!

 でも止まってはいられない。


 キィィイイイイン。


「ぐ…お……」

 あの頭痛が不意に襲う。

 なんとか門兵まで行けば……。

 もう俺の脚は気合で動いている。だが、スピードがかなり落ちてしまった。

 門兵まであと少し。

 頭痛に苦しみながらも声を絞り出す。

「た…すけ……て……」

 しかし、門兵の対応は予想していたものとは正反対だった。

「ヒィィッ! 助けてくれぇ~!」

 武器を投げ出し無様に叫びながら逃げ、門の中へと消えていく。

 お前が逃げてどうするんだよ!

 門兵が逃げたことはかなりのショックを受けたが、それでもなんとか門の中に入ろうと懸命に足を動かす。


 ボッ。


「な……ッ!」

 やっと門にはいろうとしたとき、行く手を炎の壁が突然阻む。

 これは、炎の魔術壁。応用したのか。

「なんで、逃げたの?」

 後ろから恐ろしい声がかけられた瞬間、頭痛がみるみる消えていく。

「へ?」

 かなり不気味に感じて振り返ると、そこにはラミュエルが笑みをたたえて、しかし目は据わっていて、ゆっくりとこちらに近づいていた。

 これはかなり怒っていらっしゃるようで。

「お仕置きシステムでも止まらないようだし、次はこれを使うしかないわね」

 そう言うとノートバックから何枚もの魔法陣を取り出した。

 あ、やばい。

 衝撃に耐えるために身がまえた瞬間、炎の魔術壁が白い煙を発しだした。

「うわッ!」

 その煙はみるみると霧のようにあたりを覆い、ついには視界を遮るほどに。

 この煙熱いな。蒸気か?

 ということは、だれかが水の魔術を使って相殺したということか?

「なかなか来ないから心配して見に来たら、こんな状況になってたとはね」

 どこからかわからないが聞こえてくる声。

 この声。まさか――。

 霧が晴れると、門に見慣れた姿が現れた。

 ――フレリアだ。

「フレリア!」

「おはよう。来るのが少し遅れてごめんね」

 フレリアが悪いわけでもないのに、少し罰の悪そうな顔をして謝罪する。

 このとき初めてフレリアが天使かと思った。

 フレリアはラミュエルに向き直り、ビシッと指さして。

「我、騎士道に則り、この場で決闘を申し込む!」

「えぇぇ?!」

 予想外の言葉に驚きを隠せない俺。ていうか学校は?!

「騎士道っていうのはわからないけど、その申し出受けて立つわ」

  ラミュエルは笑みを浮かべ一歩前に踏み出し、無い胸を張って自信満々に応えた。

「なに受けて立ってんだよ?!」

「ただ決闘するだけじゃつまらないわ。なにか賭けましょ」

「うわぁ。ガン無視ですか」

 もう泣きそうだよ俺。

「いいね。そうしようじゃない」

 フレリアも同意する。

「「私が勝ったら」」

 ほぼ同時に発し、二人とも俺のほうに視線を合わせた。

 な、なんだ?

「ご褒美ね」

「お仕置きよ」

 できればどちらも勝たないで頂きたい。





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