お仕置き
「ん? なに? 顔になにかついてる?」
俺が料理にも手をつけずにあまりにも見つめていたからか、ラミュエルは笑顔から一転して怪訝そうにこちらを伺う。
おっと、なにをしているんだ俺は。
「な、なんでもない」
そう弁明し、ラミュエルの疑問とほんの少しでもラミュエルガ可愛いと思ったことを紛らわすために肉を頬張り、スクランブルエッグをかき込む。
「……ふむぐ」
か、噛めない。
一気に口に食べ物を詰め込んだため、噛むのに難儀する。
「あんたの顔、面白いことになってる」
そんな俺の姿を見てラミュエルはクスクスと笑う。その姿は悪魔ではなくて年相応の女の子そのもの。
ホント、笑うと可愛いよな。
咀嚼しながら「うるへー」とだけ返して食器を片付けて部屋に戻り、革製の肩掛けバッグを手に持った。
「学校に行くの?」
いきなり話しかけられ半ば驚きながら振り返る。
そこにはラミュエルがドアを開けながら、いつもの無愛想な顔で立っていた。
誰の声かと思ったら、朝食を終えたラミュエルが俺の後を追って部屋に来たようだ。
「ああ、もちろん。じゃあな」
軽く手を振り、ラミュエルの横をすり抜ける。
「ちょっと待ってよ」
玄関に向かおうして廊下を歩き出していたら、ラミュエルが俺のローブを掴んでその歩みを制止させた。
時間やばそうなのに。
「どうした? なんか用か?」
仕方なくラミュエルに向き直り、要件を問いだす。
ラミュエルは少し俯いて、答えるのを躊躇うかのような仕草を見せた。
早くしてくれ。
心の内でそう願っていると、ラミュエルが意を決したかのように顔をあげる。
「一緒に行く」
「はぁ?」
あまりにも予想外の返答に思わず声を上げて驚いてしまった。
なんだってラミュエルが学校に行くんだ?
まだ垢抜けない女の子のような姿だが一応立派な悪魔で、クラスメイトに見つかったら後ろ指さされること間違いなし。
できればそのようなことは避けたい。
「やめとけ。家でじっとしときな」
と言い残してまた玄関に向かおうとするも、ラミュエルが全く離してくれない。
そろそろ時間が本当にやばい。
「このままじゃ学校に間に合わないから、離してくれ」
一刻も早く家を出るために語気を強めてやや命令がちに懇願する。
「いや、行く」
ラミュエルは頑なにローブの裾を掴んで、俺の行く手を遮る。
なかなか行かせてくれそうにないな。こりゃ。
「はぁ」とため息をつき、ラミュエルをキッと睨む。
「離してくれ! そしてお前はここにいろ!」
遅刻したくないという一心からか、ついつい相手を脅すかのように声を張り上げてしまう。
ラミュエルはビクリと一瞬肩を震わせて、驚愕の顔で握っていた手を緩めた。
ふう、やっと解放された。
ホッと肩をなでおろして改めて玄関に向かう。
「仕方ないわね……」
後ろの方でラミュエルがなにかポツリとつぶやいたが、急いでいるのでそこまで気にしない。
ブーツを履き、飛び出すかのように玄関の扉を開けた。
――ズキンッ。
いきなり頭をハンマーかなにかで殴られたかのような痛みが襲う。
「痛ってぇぇええええええ!」
あまりの痛みで、叫びながらその場を転がりまわった。
最初はラミュエルが殴ったかと思ったが、玄関を見ると誰もいない。
どういうことだ?
思考を張り巡らせようとするが、立て続けに襲う痛みに脳が正常に働いてくれない。
結局考えることをやめ、頭を抱えてその場でうずくまっていると。
「どう? 痛いでしょ」
玄関に勝ち誇ったような笑みを浮かべて、こちらを見下ろすラミュエルが現れた。
なんとかラミュエルの方に体を向けて、絞るように声をだす。
「てめ……なにを……した…?」
俺の質問にラミュエルはにやけたまま左手の甲を見せつける。
そこには俺の右手の指輪と同じ指輪が細長い薬指にはめてあり、そこから怪しい光を放つ魔法陣が浮かび上がっている。
「悪魔契約では主従関係の契約と違って召使いが絶対忠誠する精霊が相手というわけではないから、言うことのきかない召使いのためにこうやってお仕置きできるの」
そう淡々と説明しながらラミュエルはこちらに近づいてきた。
なるほど、そういうことか。
自分の心の内で納得していても、現状変わらず頭が割れるように痛む。
「ほら、早く私を学校に連れて行くって約束しなさい。そうすればお仕置きを解除してあげるわ」
頭痛でダンゴムシのような姿勢の俺を、ラミュエルが面白いものに触れるかのようにその細長い指先でちょんちょん突いてくる。
くそ……致し方ないか……。
「わ…わかった……」
「やった」
子供のように弾けた笑顔を見せた。
つくづく笑顔だけは可愛いな、こんなところがなければ!
痛みに顔を歪ませながら内心で恨みをぶちまけ、ラミュエルを睨む。
一方、ラミュエルは鼻歌交じりに指輪に手を触れていた。
「我、主人の特権を行使して命令を解除する」
そうラミュエルが発すると、凄まじい頭痛が嘘のようにスゥと消えていく。
あぁ、スッキリ。
爽快な気分で立ち上がると、なぜかよくわからないが周りの景色がいつもより晴れてるように感じる。頭痛の後ってなんかこんな感じだよね。
「さ、行きましょ。逃がさないから♪」
そう言っていきなりラミュエルが右腕をガッチリとホールドしてきた、一瞬驚いたがフレリアの行動に慣れているおかげか、あまり気にならない。
抱きつかれる以外に女の子にこんなことされるのは初めてだけど、そんなに興奮しないな。あ、ラミュエルの場合は胸が無いからか。
絶対にこんなこと口走らないように、接触部分には目もくれずに歩き出した。
しかし、露骨に目線を外していたのが怪しかったのか、明らかに訝しげな表情でこちらに視線を送っている。
「なにか失礼なこと考えてない?」
ちょっと不機嫌そうな口調でラミュエルが聞いてきた。
なかなか鋭い。
「いや、そんなことはないよ」
黙っていたら余計に怪しまれると思うので、一応弁明しておく。
「嘘でしょ。吐きなさいよ」
それでもラミュエルは引き下がらない。
どう隠し通そうかと考えていると、ラミュエルが左手の指輪をこちらに見せつけて不敵な笑みを浮かべた。
くそ……それで尋問ということか……ッ!
それを使われたら困るので、諦めて正直に告げようと決心する。
「すまん、正直に言うとそんなに強く抱きついても、意味がないと思うんだ」
ボコッ。
「おぼふッ!」
なるたけ直接的な表現を避けてオブラートに自白したはずなのに、するどいパンチをお見舞いされた。
超痛いっす。
「あ~。傷ついたわ~~。なにか埋め合わせしてもらわないと~」
ラミュエルは殴るだけでそれ以上は咎めず、なにか奢れ的なことを匂わせた発言をしている。
断ればなにをされるのかは、目に見えているわけなので。
「わ、わかった。商店街の三叉路のアイスクリームがおいしい店に連れて行ってやるから。それでいいだろ?」
半ばやけくそに提案する。
やはり魔族でも腐っても女の子。甘いものには弱いようで。
「いいの? やった!」
ラミュエルは子供のようにはしゃぎだした。ていうか外見もまさに子供。
ん? そういえば誰かとこんな約束をしたような?
次回は水曜日です!