召使いの役目
チュンチュン。
遠くの方で小鳥がさえずり、朝の訪れを知らせる。
それにつられて目が覚めた。
「……んあ、もう朝か」
寝ぼけた頭をかきながら上体を起こして、窓の外に目をやる。
そこには色鮮やかで眩しくない朝焼けの光を放っている太陽が、山々の間から顔をのぞかせていた。
改めて朝の訪れを確認して両腕を伸ばし体を慣らしてから、気合一発ベッドから躍り出る。
うひょー、寒い。
春になったとはいえ、いまだに朝の外気の気温はけっこう低い。もちろんこの時間帯の室内は、外気の影響を受けて身震いしていしまいそうなほど寒い。
制服に着替えようと、夜明けしきっていないうす暗い部屋を壁伝いに移動する。
するともぞもぞとなにかがうごめく音が聞こえてきた。
その音に反応して振り返ると、床に敷いた布団にくるまって頭だけ出してジト目でこちらを怪訝そうに見るラミュエルの姿があった。
「おっと、起きたのか」
「あんたの歩く音で起きちゃったじゃない。それより、いつもこの時間に起きてるわけ?」
布団から右腕だけを出して、まだ山々の間から遅々として進まない太陽を指差す。
「しょうがないだろ。この時間に起きて早めに支度して出ないと、遅れちまうんだよ」
高等学校の高等魔術科の制服である純白のローブに腕を通しながら、言い聞かせるように答えた。
ラミュエルは「ふーん」と興味なさげに相槌を打つと、頭を枕に埋めてまた寝てしまった。
全く、召喚儀式の後にまた閃光の魔術を使って行方をくらましたくせに、昨日いきなり「今日からこの家に住まわせてもらうわ」とか言い出して、まるで自分の家のごとくズカズカ家の中に入ってきては俺の部屋で私物を広げやがって、迷惑極まりない。
義両親は娘が来たかのように大層喜んでいたけど。
布団を跨いで、部屋を後にしようとする。
部屋を出る前に一度ラミュエルの寝ている布団を見てみたが、やはり起きる様子はない。朝には弱いようだ。
朝食の食材を調達するために外に出て、養鶏の小さいケージから卵を二個と倉庫から貯蔵してあった肉のひと切れを手に取り、土間に戻る。
今日は卵と肉で……スクランブルエッグと肉のソテーにしよう。
土間に着くと、壁に掛けてあるいくつもの調理用具から使い古したフライパンみたいな平鍋を取り出してレンガ製のかまどのくぼみに置く。
食材を調理台の上に置いて、新しい薪をかまどの中に入れて火を起こそうと火打石を取り出した。
カンカンと互いの火打石を打ちつけ合う音が土間に響いて火花が飛び散るが、なかなか火が点かない。
基本的な火の魔法で点くんだけど。
こういうところで魔法が使えないことに不便さを感じて、ついつい自分に苛立ってしまう。
無機質に機械的に火打石をカンカンと打ち鳴らしていると、いきなり火の玉が横から飛んできてかまどに火が点いた。
「うわッ! あちッ!」
飛んでくる際に火の玉が頬を掠めて、感じた熱さに声を上げてうろたえる。
これはラミュエルの仕業か?
と思い振り返ると案の定、ラミュエルがすぐ後ろで佇んで、じっとこちらを見つめていた。
「おいおい、俺に当たったらどうするんだよ」
眉間にしわをよせて不機嫌な顔をつくり、ラミュエルに不満をぶつける。
「そんなに私の腕はやわじゃないわ。ていうか旧世代的で退廃的な方法で火を点ける方がおかしいでしょ。私に言えばいつでもこんなのお茶の子さいさいよ」
頼まなくても火を点けてくれたけどな。
ラミュエルは相変わらず無愛想な表情で腕を組んだ。胸がまな板のごとしなので腕も組みやすいだろう。
「それが出来たら苦労しねぇよ」
平鍋に油をしきながら、ぶつけようがない文句を垂らす。
召喚魔術を成功できた後、舞い上がって簡単な火系の魔術を発動しようと試したが、結局失敗した。
でも、なんで召喚魔術だけ出来たのだろう。
そこだけが今でも心のどこかで引っかかり、諦める決断を先延ばしにしている。
「なぁラミュエル。なんで俺はあの時に召喚魔術が出来たんだ?」
返答は期待できるものじゃないとわかっていながらも溺れる者は藁をも掴む精神で、スクランブルエッグを作りながらラミュエルに聞いてみる。
ラミュエルは数秒くらい「う~ん」と唸り、「たぶん」と切り出して推論を並べ始めた。
「あんたと私は一度、悪魔契約で結ばれたっていう話はあの時したよね」
「ああ」
いきなり「あんたは私の召使いだから」って言われた後だから、衝撃的すぎてよく覚えいてる。
確か、いつだか分からないけど一度俺はラミュエルと出会って悪魔契約をしていて、主人はラミュエルで俺が召使いということは知った。
「恐らく、呼び出しの魔術に悪魔契約が反応したんじゃないかしら」
「え? 普通なら主人からしか呼び出しができないんじゃないのか?」
「それは正式な主従契約の話であって、悪魔契約は色々と条件を細かく設定できるの。細すぎるおかげでそこらへんは斜め読みしたのかも」
ラミュエルの口調も疑問が抜けきっていない。
どうやら悪魔契約は形式的で変更の効かない通常の主従契約より、条件を設定できてかなり複雑らしい。主人が見落とすほど。
スクランブルエッグをつくり終えて、平鍋に肉を投入する。
しばらくすると肉が焼ける香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる頃に塩とコショウを振り、味を仕立てる。
ん~いい香りだ。食欲がそそられる。
「こんぐらいでいいだろう。飯食うか?」
使い込まれた木製の皿に先ほどのスクランブルエッグと肉を盛りながら、朝食の有無を尋ねる。
「頂くわ」
ラミュエルはそう言って、奥に消えた。
少しは手伝ってくれたっていいのに。
そう思いながらも、お盆に二皿と木製のフォークを載せて土間を後にして、食卓がある居間に入る。
そこにはラミュエルがあの遊び人かのような服装を身に付け、ちょこんと座って食事が来るのを待っていた。
「はいよ、持ってきたぞ。ていうか、それこの前も着てたよな。恥ずかしくないのか?」
お盆に載せてあった皿を食卓に並べながら、服装について聞いてみる。
「これはサキュバスの正装なの。恥ずかしいどころか逆にこれに誇りを持っているわ」
薄い胸をはって、誇らしげに言う。
やめろよ。それは自滅行為だっての。
並び終えて俺も食卓に付き、両手を組んで食事前の祈りを捧げる。
この世界では食べる前に必ず神への祈りを捧げることが習慣だ。
ちなみに神は神界というところに本当にいるらしい。しかも神界へ行けるのは、ほんの極わずかの凄腕の賢者だけ。
「そんなことやっても意味ないのに」
ラミュエルが食卓に頬杖をついて、つまらなそうになにか呟いた。
悪魔だから、こういう行為は面白くないんだろう。
特になにを返すこともなく、フォークを持って料理を口に運んだ。
スクランブルエッグはフワッとした柔らかさで舌の上で踊り、肉は噛めば噛むごとに肉汁が溢れ出て、塩コショウが肉の濃厚な旨味にいいアクセントを与えている。義両親のためにと料理を始めて1年近くになるが、個人的には今回のはよくできているな。
「あんたが作っているとなんだか不安」
なにを失礼な。
しばらくするとラミュエルもフォークを持ち、怪しいものを見る目つきで肉を突いて口に含んだ。
個人的にはうまいと思うんだけどな。どうだろう。
ラミュエルはもぐもぐと数回咀嚼すると、訝しげな表情からあからさまに驚いた滑稽な表情に変えた。
「あれ、意外にもおいしい」
「ご主人様に精一杯のおもてなしをするのが召使いのお・や・く・めですからね」
皮肉たっぷりに言ってやると。
「初めてあんたを召使いに持ってよかったと思ったわ」
ラミュエルは明るく笑った。
うわ、可愛いじゃないか。
言ってる事は憎たらしいことだが、無邪気で快活な女の子らしい笑顔に不覚にも見惚れてしまう俺であった。
次回は水曜日に投稿の予定です!