召還儀式
「ん?」
しばらく進んでいると、壁に寄り掛かって腕を組む教師を発見した。
教師の指はせわしなくリズムを刻み、眉をひそめている。
明らかに不機嫌なご様子。
これは謝るしかないなぁ……。
と、土下座覚悟で近づいた。
教師は俺に気付くと目をキッと細めて睨んでくる。めちゃくちゃ怖い。
「すいません! 遅れました!」
教師の前で立ち止まり、誠心誠意謝罪の意思を表す。
しかし、教師は「フン」と鼻を鳴らして、ただ侮蔑的に見下ろした。
「ただ真っ直ぐの道で遅れることはないと思うのだがなぁ?」
「いえ、これにはいろいろ事情がありまして……」
とてもじゃないが少女が襲ってきて遅れましたなんて言えない。そんなことを口走ったとしても十中八九信じてもらえないだろう
「まあいい。ついてこい。今度は遅れるんじゃないぞ」
そう言うと、教師は再び歩き出した。
まったく、終わったらフレリアに一言文句言ってやる。てか、そんなに怒られなかったな……。
こんどはお・く・れ・な・い・よ・うに教師の背中を追う。
「――噂で聞いたんだが」
教師が歩きながら思い出したかのように口を開いた。
「貴様、中等魔法教育学校を最下位で卒業したそうだな。記録的な成績で」
教師はこちらに振り向きもせず、淡々と言い続ける。
なんだ、そんなことか。
魔法成績については去年から馬鹿にされていることで、もう大して気にならない。
この学校に入れるかどうかは気にはなるけど。
「まぁ、そうですね。それがどうかしましたか?」
無愛想に返した。
どうせ難癖をつけるんだろう。
と思ったが、教師は意外なことを発した。
「いや、私と同じようだと思ってな……」
「え?」
今までこのパターンからの罵倒が常套だったゆえに、教師がいった言葉に俺は耳を疑った。
教師はなおも続ける。
「さすがに貴様ほど酷くはなかったが、私も魔術はどうも苦手で成績は軒並み最下位でな」
どこか悲しげな口調。
「中学の時はそれでいじめに遭い、学校が嫌いになった時期もあった。けどな――」
突然芯のある口調に切り替わった。
「魔法成績が良く、昔から仲良くしてくれた女の子がいつもいじめグループから私を助けてくれたのだ。私は中学を卒業して強くなってその子に恩返しがしたいと、その子と同じ高校の戦闘魔術科を専攻した。それが私にピッタリでね」
少しだけ含み笑いで、懐かしむように言う。
俺は 一言も喋らず 、ただ黙って聞いていた。
「高校を卒業すると軍隊に所属して、数々の功績を上げ、この学校に教師として戻ってきた。ちなみに、その子は今の私の妻だ」
言い終えると、振り返ってフッと優しく笑みを浮かべた。
それはいかつい軍人の顔ではなく、どこか父性を感じさせる笑みだった。
そうか、この人にもそんな過去があったのか……。
俺は元からこの世界で生まれ育ったわけではないからいくらか諦めがつくが、この人は 周りよりも劣等だという コンプレックスを抱えていたんだ。
その辛さは俺には共感できないだろう。
罵倒されると決め付けて、無愛想に返答した自分が急に恥ずかしくなってきた。
「……それは、素敵な話ですね」
佳話に賞賛を送るかのように、丁寧な口調で優しく発音する。
見ず知らずのこの俺に素晴らしい話をしてくれたんだ。顔は怖いがきっと思いやりのある立派な人なんだな。
先生は「そんな、たいした話じゃないさ」と 謙遜し、再び振り返った。
「だからめげるなよ。この世の中、魔法が全てではないんだからな」
「はいっ……!」
大きくはないが、はっきりと力強く応えた。
雰囲気が大分和らぎ、さっきまでの緊張と陰気くさい心がどんどん晴れていく。
「着いたぞ」
先生がいきなり立ち止まった。
そのすぐ前には、木で出来た両開きの大きい扉。
長話に熱中していて近づいていたことに気付かなかった。
先生は扉にゆっくり近づき、コンコンコンとノックする。
すると、扉の一部がシュッとスライドされ中から教師だろうか、老人の目周りが
現れる。
「受験生を連れてきました。お開け願います」
先生が丁寧にかつ敬うような語調で要請する。
「ご苦労」
老教師はそう言うとシュッと閉め、暫くして扉がゆったりと開いた。
「落ち着いて頑張れよ」
先生は俺の背中をバンッと叩いて、激励する。
「はい!ありがとうございます」
先ほどよりも力強く返し悠然と中に入った。程なくしてドアが閉まる。
部屋はそれほど大きくなく、正面には一番立派な正装に身を包んだダンブ○ドア先生みたいな優しい顔をした校長と、その両隣には高等魔術科と戦闘魔術科の教頭だろうか、これまた立派な服を着た人と、四隅に念のためか鎧姿の人が立っている。
そして、中央に大きく魔法陣が描かれていた。
呪文式ではないらしい。
少しの間をおいてから教頭の二人の内、一人が「コホン」と咳払いをして前に出た。
「私はベルテラグ州立高等魔術学校高等魔術科教頭、レオナルド・ホーンである」
形式張った挨拶の後、先刻の書類を取り出す。
「貴公はわが校の高等魔術科を希望し、これより精霊を呼び出す儀式を行う。誤り等はないかね?」
教頭は目を細めて問う。
最終確認だ。これ以降は泣こうが喚こうが一切変更することはできない。
「ありません!」
フレリアと先生の激励のお陰か、語勢に力が出ている。
教頭は「うむ」と頷いた。
「では、始めたまえ」
そう言って元の位置につき、背筋正しく立つ。
俺は一歩前に出て魔法陣に近づいた。
えーっと確か、魔法陣式術式発動の場合は魔方陣に触れて、その部分に意識を集中させるんだよな。
さっそく魔法陣に手を当てた。
不思議と緊張していない。
よし!
心の内で気合を一発入れて、手に意識を集中させる。
お願いだ。発動してくれっ……!
そう祈った次の瞬間。
ポワッ。
魔法陣が徐々に光り、しだいに輝きを増していく。
「おぉ……」
優しく包むような光に思わず声を漏らした。
は、初めて回復系以外の魔術が出来た……。
個人的には精霊がどうのこうのよりも、回復魔術以外の魔術の発動に成功させたことが一番の感動だった。
まぁ、自分の僕となる精霊も気になるところではある。
魔方陣の輝きはあるところで一定になり、光が魔方陣の中心に集中する。
そしてそれが段々と形を成していく。
「……レオナルド、おかしくないか?」
「ええ、何か異様な気配がします」
校長が教頭に何か耳打ちしている。
何を話しているんだろう……たぶん関係ないな。それにしても精霊ってどんな姿なんだろう? 無骨な鎧を身に纏ったヴァルキリーとかならいいな。
俺は気にせず形を成していく僕に期待を膨らませる。
やがて形成し終えたのか、パァッと光が弾けて精霊が姿を現した。
フレリア並の小柄にドテラを着用、額にタオルを当てていかにも具合が悪そうな女の子が苦しそうに寝ている。
……って、俺が想像してたのと全く違うんだけど?! この子本当に精霊なの?!そしてよりにもよってなんでドテラ?!
あまりに精霊らしからぬ格好で、驚きを隠せない。
「……う~ん」
少女は苦しげに目を開け、周りの景色が違うことに驚いたのかぱちくりと瞬きする。
そして一言。
「うわっ?! ここどこ?!」
本日は3話投稿しましたが、これより先は1週間に2話のペースで投稿します。どうかよろしくお願いします。