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異世界における召使い指南書  作者: 黒土黒人
第一章 主人は魔族で俺は召使い
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変態老紳士現る


「はぁ~……なんで、俺が副委員長なんかに」

 HRとオリエンテーリングを交えた二時限目が無事でもなく終わり、三時限目の魔法薬学の実践授業のため教室を移動中。

 幾度となくため息をつく今日この頃。というか今日だけで色々ありすぎて、何回吐いたかわかりません。

 先生、独断と偏見でもあれはないでしょ! しかもあの直後に授業の終了を知らせる鐘が鳴って、先生はそそくさと出て行くから何も聞けなかった。

 それに副委員長なんて向こうの世界でも一度もやったことないから、フレリアよりもクラスをまとめられる自信が全くない!

 まさに前途多難というのはこういうこと。

「まさか、ジンが副委員長なんてね~」

 隣を歩くフレリアは片手で口を隠すような仕草をし、いたずらな笑みを浮かべて滑稽なものを見るかのような視線を送っている。

 完全におもしろがっているな、こんちくしょう。

「ま、俺からしたらフレリアが心配で仕方ないけどな~」

 それに負けじと俺も皮肉をこめて言い返す。

「頼りないジンよりはマシだもん」

 しかし、それはフレリアの前では意図も簡単に返され、フレリアの発言は思いのほか俺の胸の奥深くに突き刺ささった。

 確かに事実だけども……言わなくていいでしょ……。

 すでに0な俺の精神ゲージはどうやらマイナス値にいくようです。

「そういえば、ジンは魔法薬学ってやったことある?」

 唐突にフレリアはほんの少し首を傾げて、俺に魔法薬学の経験の有無を尋ねてきた。

「やったことあるわけないだろ」

 それに俺はあきれ顔で、至極当然のことのように返した。

 そもそも魔法薬というのは、魔術発動に使う魔力を大気から呼吸で吸収することよりもより効率よく、より早く補える。いわば元いた世界の栄養ドリンクみたいなもの。

 その魔法薬は市場や近くの雑貨屋でも買えるし、普通に暮らしていれば魔力はそこまで消費するようなことはまずない。

 しかも魔法薬は調合一つで劇薬にもなり、素晴らしい良薬ともなる。

 この調合が曲者で、使う材料の量を正確に測り、どのタイミングでどの材料をどのくらいの量入れるのかを把握してなければいけない。それに加えて火加減、加熱時間も逐一、観察していなければいけないので、結構疲れるらしい。

 だから農耕や商売をする人にとって、そんな複雑で手間のかかる魔法薬のスキルは必要ではない。

 しかし、魔法薬で生計を立てる『薬学師』という職業は軍の士官や魔術研究・開発を行う魔術機関の職員と並ぶほど人気がある。

 その要因の一つには、やはり軍。

 常に魔物と対峙し、大量の魔力を消費する軍にとっては、短時間に多量の魔力を摂取できる魔法薬は欠かせないもので、いつもいかに魔力吸収効率がいい、もしくはコストを安く大量に作れる魔法薬を欲している。

 だから需要は絶えることもなく非常に安定しているうえに、魔法薬の研究で新たな新薬を開発することで莫大な資産を得ることができるので、一攫千金も夢ではない。

 俺も金が欲しいよ。

「一応、英才教育の一環としてやったんだけど、あれ難しいよ」

 しれっと自慢げに言うフレリアだが、目と口調は真剣そのもので、いかに難しいかが伝わってくる。

 フレリアが難しいって言うんだ、これは相当苦戦しそうだな。

「だって私が魔法薬作って、先生が試飲したら泡吹いて倒れちゃったんだよ。おかしいよね。すごい健康体だったのに」

 フレリアはまた首をかしげながら頬に指を当て、「なんでだろ?」といった風に不可思議そうな表情。

 一方俺はというと頭から血がサーッと引き、顔面蒼白であっけにとられたような滑稽な顔をしていた。

 なにその武勇伝……おそろしい……。

 ぜひともフレリアの作った魔法薬の試飲だけはしたくないものである。

「あ、ここ」

 フレリアが急に立ち止まると、ある扉を指さして短く発して、小さいながらも細長い指先である一点を指さした。

 その先には、普通の教室と特に変わったところがない木製の小さな扉。

 それには四角い別の角材が中央に打ちつけられ、そこには魔法薬学実践室と味気もなく大きく書いてある。

「お、ここだな。さっそく入ろうか」

「うん」

 フレリアの快活な返事を聞いて、俺は小さな扉を押しあけた。

「うッ……」

 く、くさッ!

 初めに俺達を出迎えたのは、鼻を塞ぎたくなるような強烈な薬品臭。

 全くもって不意に現れたその臭いに、思わずうめき声を発して顔を歪めてしまった。

「く、くさい……」

 フレリアも臭いに耐えかねたのか、鼻を押さえ、眉をひそめて小さく唸っている。

 こりゃ、酷いよな。

 見たところ中には誰もおらず、内観や机の位置は奥にある小さな扉以外には教室とはあまり変わらない。通気口は多めに設置されているようだ。

 でも、これじゃあ役に立ってないな。もう少し空調を考慮してくれよ。

 心のうちでそう毒づきながら、覚悟を決めて一歩踏み出す。

「おやおや、早いのぉ」

 突然、ガチャッという扉の開閉音が聞こえたかと思うと、誰かがしわがれた声で俺たちを呼びかけた。

 反射的に声の主に振りかえると、そこには先日の変態校長が両の手を後ろで組み、老人の気品溢れる佇まいで微笑み交じりに静かに立っていた。

「校長先生、こんにちわ」

「ごきげんよう」

 開口一番に挨拶を送ると、変態校長は笑顔のまま易しく返した。

 立派な髭は健在で、先日のとはまた趣向が違う刺繍を刺した豪華なローブを身に纏っている。服装には結構気を使っているようだ。

 なるほど、変態老紳士といったところですね。

「おい君、なにか失礼なことを考えていないかね?」

 先生はしわがれた声で怪訝そうに言い、懐疑心に満ちた視線を送って来る。

 なんで、人の心が読めるんだ?!

「え、なんでわかったんですか?」

「ということは、考えておったようじゃな。というよりも、君の顔に書いてあるだけじゃい」

 と、変態校長は髭を撫でながら呆れたように言う。

 こりゃ、一本取られました。あと、そんなに俺の考えって表情に出やすいのかな?

 結構深刻な問題を自覚した俺であった。

「校長先生、こんにちは」

 俺と校長先生の間に入りこむように、フレリアが笑顔を湛えて、ぺこりと小さくお辞儀をした。

 フレリアの礼儀正しさに校長先生は、再び優しい微笑を帯びて「うむうむ」と小さくうなずく。

「ごきげんよう。さすがはレドロ家の令嬢、礼儀作法はしっかりしていらっしゃる」

「はい、お父様に厳しく躾けられておりますので」

 朗らかな笑顔を見せ、歯切れよく答えるフレリア。

 俺と話すときとは全く違い、公私をしっかり分けている。これも官公使を務める由緒正しい家系の習わしなのだろう。

 でも、普段のフレリアときたらわがままで、俺はいつも振り回されている。

 アイス行くのも最初は半ば強引だったし。ま、フレリアの傷心を癒すためってことにしよう。

 一人で得心している一方、フレリアと変態老紳士である校長は隣近所の老婆と若妻の世間話のように他愛もない話を続けていた。

「それにしても、他は来ておらんかの?」

 すっかり上機嫌な変態老紳士の校長は、髭をしきりに撫でながら今更であることを聞いてくる。

 確かに他の連中は遅いなぁ。

「まぁ、そうですね」

 そう機械的に返すと、校長は俺とフレリアをしきりに交互に見やる。

 なにしてんだろ。

 しばらくすると、俺に焦点を合わせ目を細めてこう言った。

「この高等学校に入ってそんなに経っていないだろうに、お前さんはよき好い人を見つけたのう」

「な……」

 この人、満面の笑みを浮かべてなんてこと言ってんだ?!

「そ、そんなことあるわけないじゃないですか! 第一に俺とフレリアじゃ釣り合いませんし、そんな仲になるつもりもありませんって! な!」

 変態老紳士の誤解を払拭するために、フレリアのほうに振り向いた。

「そ、そそそそ、そんな……じ、ジンと恋仲なんて……」

 そこには耳まで真っ赤に顔を紅潮させ、ものすごく困惑した表情を浮かべるフレリアがいた。

 全く反応がないというか、あまりにも混迷していて俺の言葉が耳に入っていない様子。

「お、おい! しっかりしてくれ!」

 両肩をつかみ激しく揺らしても、フレリアの焦点はこちらを向いておらず、「あわあわ」と発するばかりで、何も変わらない。

 どうすりゃいいんだ?!

「ほれほれ、彼氏や。彼女が危篤ぞ、しっかりせんか」

 この状況を煽るかのように、変態老人が楽しげに声を上げる。

 俺はその爺をキッと睨みつけ、叫んだ。

「少し黙ってください!」



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