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第6話:お悩み相談室

 何とか寮まで帰った大祐は、鍵を取り出しドアを開けた。


 「今日は寝る。絶対寝る……………」


 大祐が、ふらつきながら玄関に足を一歩踏み入れたその時だった。まるでタイミングを見計らったように後ろから明るい女性の声が自分の名前を呼ぶのを聞いた。


 (………………誰だ?)


 振り向くとそこには、特異課の同僚(挨拶が出来た人間)藤田 皐月が立っていた。


 「やっほー、新人君! お疲れさま」

 「おっ、お疲れ様です…………」

 「何よ、死にそうな声だしちゃって。現場に出てないんだから楽でしょ?」

 「楽? あれが? あの地獄の特訓が楽ですか?」


 大祐は、この一週間を思いだし、彼女に食ってかかってしまう。

 そんな大祐を見て苦笑を浮かべた皐月は、言った。


 「じゃあ、今からお姉さんと飲む? お悩み相談室してあげるわよ?」

 「はい!」


 大祐は、その提案に即答した。はっきり言って、こんなに素敵な女性のお誘いを受けて喜ばない男などいない。大祐青年も一般の男性と同じようにルンルン気分になった。そのせいで皐月の不敵な笑みを見逃してしまったことにも気付かずに。


 居酒屋『海里』

 寮から歩いて数分の居酒屋で、低料金な上、料理と酒がうまいことで評判の店である。

 特異課の本部からも近いせいか皆よく利用するらしい。

 そして俺は、皐月さんの洗礼を受けることになる。


 「ちょっと、飲んでる? 大祐君?」

 「……………………飲んでます」


 大祐の消え入りそうな声は、店の喧騒に消されてしまう。


 「ほら、飲みなさいよ!! 男の子でしょ!」


 そう言うとにこっりと笑いながら皐月は、大祐のグラスになみなみとビールをついだ。


 (やっ、やっとここまで飲んだのに……………)


  大祐は、またつがれてしまった自分のグラスを見てため息をつく。

 そして、自分の正面で日本酒をすごい勢いで飲み干す皐月の姿を見て泣きたくなった。


 (いつまでこの拷問は続くのでしょうか。俺は、そんなに悪い行いをしてますか?)


 大祐は、本気で泣き出す一歩手前まで追い込まれはじめていた。


 「ちょっと、姐さん? あんまり新人を苛めないでやってくれる?」

 「へっ?」


 そんな時に聞こえた天の助けの声の主は、この店の店員の男だった。

 大祐よりやや低い身長で肩まで伸ばした髪を後ろで結んだ、ややたれ目の女性にもてそうなタイプの男だった。


 「何よ、人聞きの悪い。新人君のお悩みを聞いてるだけじゃない。田丸こそちゃんと面倒見てあげなさいよ」

 「いやー、基本的に俺は、男の面倒はみないんでね。で、ほっておいたんだけど、さすがに新人が哀れでね」


 男は、そう言うと大祐の肩をたたき自己紹介をした。


 「はじめまして、新人君。特異課の田丸 恒久たまるつねひさだ。よろしく」

 「はじめまして。大熊 大祐といいます。今後ともよろしくご指導願います」

 「いやー、固い。固いよ、君。もっとフランクにいこうぜ。だから、姐さんにターゲットにされるんだぜ?」

 「ちょっと、新人君に変なこと言わないでちょうだい。あんたみたく軽い人間じゃないのよ」

 「はい、はい。まぁ、さっちゃんのバディにはちょうどいいんじゃない?」

 「そうよねー。いい人選だと思うわ。なんて言うの犬タイプ?」

 「そうそう、忠犬・ハチ公っていうの?」

 「……………犬ですか?」


 自分に対するあんまりな評価に大祐は本当に情けなくなってきた。


 「俺だって、やっと警官になれて、親父みたいな警察官になるんだって。はりきってたのに………」

 「おっ! いい動機だねぇ? そう思いません、姐さん?」

 「うん。やっぱり警官はこうじゃないとね」


 田丸は、皐月の隣に座り話の輪に加わる。


 「で、悩み相談って?」

 「あー、さっちゃんの特訓について」

 「俺、本当に情けなくてこんなんでやっていけるのかって。…………さっきもにぶいって言われたし」

 「仕方ないだろ、お前能力訓練なんてしたことなかったんだし。大体自分の能力について知ってるのか?」

 「知りません。何で俺がこの課に配属されたのかも分らないし」

 「大祐君は、初めての警察学校からの選抜だから。あのね、あなたは今までこの東京に住んでいなかったのだから知らないと思うけど、特異能力は突然目覚めるものなの。きっかけは人それぞれよ。あなたは能力因子保持者なの」

 「そっ、つまり未知数なわけだ。だから、これから少しずつ能力訓練をして自分の中の力の目覚めを待つんだ」


 二人の言葉に大祐は自分の心に重くのしかかった不安が少し払拭された気がした。


 「はい。頑張ります」

 「あと他に悩みは?」


 皐月は、首を傾げ聞いた。


 「………沙紀さんは、俺のこと嫌ってるんでしょうか?」


 大祐の問いに二人はプッと噴出す。そして腹を抱えて笑い出した。


 「なっ、何ですか。真剣なんです。こっちは、ただでさえ出来の悪い新人の世話を引き受けて後悔したんだとばかりに、日に日に睨まれるんですよ」

 「ごめん、ごめん。安心して、さっちゃんはあなたの事嫌ってなんかいないわ。むしろ逆ね」

 「逆?」

 「そうだぜ。さっちゃんが嫌いな人間に対してする態度なんて分りやすいんぜ」

 「例えば?」

 「無視よ。そりゃ、徹底的にね」

 「訓練所でいなかったか? 陰口たたく奴ら」

 「いました」

 「無視してたろ? ありゃ、本気で自分の視界の中に存在させてないんだよ」

 「そう。だから、内心、心配してたの。でも、初めて二人の姿を見た時、二人ならきっとうまくやれるって思ったわ」

 「悩むな、悩むな。もっと気楽にいけ」

 「気楽にって言ったって」

 「じゃあ、いいこと教えてやるよ。耳かせ」


 そして田丸は、ぼそぼそと大祐の耳元で何事か呟いた。


 「な? 嫌われてないだろ?」

 「……………………はい。頑張ります」

 「じゃあ、これでお悩み相談室は終了よ。ってことで飲むわよ」

 「えっ!!」


 大祐は、何なんですかその展開はと思ったが、田丸に手をつねられ口をつぐんだ。


 「姐さんは、うちの課一の酒豪だ。その上ザルだからいつまでも飲むぞ。適当なところでつぶれておけな」


 田丸はそう言い残すと大祐を置いて去っていった。


 (つまり、俺は人身御供ですか?)


 そして、大祐は朝まで開放されることはなかった。


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