第5話:親子?
あれから一週間がたった。が、大祐はあいかわらず訓練の日々である。
大祐のあまりの素人ぶりに考えを改めた沙紀は、実践訓練は取り止め、基礎訓練をさせることにした。
その基礎訓練というのが、まぁ一種の瞑想である。しかし、ただの瞑想と同じにしてはいけない。
瞑想中、周囲の環境が様々に変化するのである。
例えば、マイナス15度以下の極寒の地、灼熱の砂漠地帯、雨・風吹き荒れる嵐の中だったりする。
この訓練は、いついかなる状況でも集中して力を使うためのものらしい。
その訓練のおかげか大祐も何とか防御シールドをわずかな時間ではあるが張れるようになった。
しかし、沙紀の求めるレベルには達していないため、日々訓練が続いている。
そして、今日も五時になり終業の合図が鳴り響くと同時に訓練は終了した。
「…………三十秒。昨日よりは長いか。でも話にならないわ。明日は休みだけど休み明けにこれより短かったら承知しないわよ」
沙紀はそう言い残すと訓練室から出て行った。大祐は、それを根性で敬礼して見送る。
「………………死ぬ。俺は、いつか死ぬ」
室内に一人残されるとあまりの疲労に大祐はその場にへたりこんでしまう。
「……………とにかく寮に帰ろう」
大祐は気力を振り絞り立ち上がるとロッカーへと向かい、帰り支度をすると寮へと戻った。
この特異課には寮が完備されている。場所は、署のある横道からすぐの表通りの反対側に建っている。
基本的に独身者が使うものらしく、大祐以外の利用者は案外少なかった。
寮と言っても、元がマンションなのでプライベートは守られている。なので、男女混合である。
この間、挨拶をした藤田 皐月さんもいるらしい。しかし、彼女は特異課でもかなりの腕らしく忙しく各地を飛び回り中々顔を合わせることは無かった。
それは他の寮の利用者も同じことで彼女以外の特異課の人間と会っていないのが現状だ。この間、訓練室で見かけた連中とも顔を合わすことはなかった。もしかしたら、寮を利用していないのかもしれないけれど。というか、ぜひそうであって欲しいと大祐は願っている。
大祐は、一旦寮に戻った後、近くのスーパーへと向かった。夕食の材料を買う為である。地震で父を亡くし、母が働きはじめると同時に一切の家事を引き受け、弟妹の世話をしていたため自炊には慣れている。
しかし、ここ数日はなれない仕事と訓練でコンビニを利用していたのだ。だが、いつまでもそれではいけないと思い、食材の買出しをすることにした。
「えっと、とりあえず米と肉と野菜買うか。あとは、ゴミ袋も買わなきゃいけないだろ…………」
大祐は、外出前に書いたリストを見ながら店内を歩いていると後ろから声を掛けられた。
「やぁ、お疲れ様」
「課長!? お疲れ様です」
「買出しかい?」
「はい。課長は?」
「僕達も買出しだよ」
「僕………たち?」
「パパさん。はい、味噌…………。大熊?」
「沙紀さん! えっ、パパさんって」
「あれ? 言ってなかったかい。沙紀君と私は親子だよ?」
「たっ、確かに同じ九重ですけど…………」
「………………にぶっ!」
動揺している大祐を見て沙紀はボソッと呟いた。
「沙紀君。駄目でしょう! すまないね、大熊君」
「いえ、全然かまいません。確かに気付かない俺もにぶいです」
その後、じゃあと言葉を残して課長と沙紀さんは去って行った。
(えー、親子? 全然気付かなかった。あんまり似てないな。沙紀さんは、奥さん似なのかな?)
思いもよらない事実に動揺した大祐は、そのままレジに向かい帰路についた。
主食の米を買い忘れたのにも気付かずに。