第26話:解決
大祐は合図とともに沙紀の元へと走る。
(何か、今日はひたすら走っている気がする……………)
炎の前に来るとあまりの熱さに足が自然と引き返そうとする。
ゴオッ。
一瞬、炎が今までのそれより遥かに燃え上がり、熱さが増す。
大祐が一瞬、腕で顔を覆うと同時に炎の一部分が消えさり人一人通れる程の隙間が出来上がっていた。
(行くぞ!!)
大祐は、迷わずその隙間を通り抜ける。大祐が通り抜けたと同時に炎は、再び燃え上がった。
「沙紀さん!! 大丈夫ですか?」
「何とか、大熊。悪いんだけど、起こしてくれない?」
「はい」
大祐は、なるべく傷に触れないように気をつけながら沙紀の体を起こす。そして楽なように自分と向かい合わせ、自分の体にもたれかかせる形で座らせる。
その時、乾き始めていたとはいえ、沙紀の体から出ている血の量に大祐はぞっとする。
いくら警官としてのキャリアが上の人とはいえ、自分より小柄の年下の少女がこんな深い傷を負っている様を見ると自分の無力さに腹が立ってくる。
そんな大祐の苛立ちを感じ取ったかのように沙紀は言った。
「大熊、よくやったわ」
「いえ、自分は何も……………」
「私は、よくやったと誉めてるの。だから素直に受け取りなさい。これで、あなたの力は証明されたわ。晴れて特異課の一員よ」
「………………ありがとうございます。でも、自分の力って」
「あなたのその動物的な危険に対するカンよ。これであなたは我が特異課の危険探知犬の地位を確立よ」
「………………探知犬って。犬っすか」
大祐は嬉しいのやら悲しいのやら情けないのやら分らなくなってくる。
「あら、犬はかしこいし、何より人を裏切らないもの。人とは違うとても情の深い生き物よ」
沙紀の言葉に何か重いものを感じた大祐は聞いてみた。
「もしかして何か思い出したんですか?」
沙紀は、大祐の問いには答えず、ふと何かを懐かしむかのよに語り出した。
「……………昔ね、犬を飼ってたの。タロっていう白い大きな秋田犬。あなた、似てるわ」
「自分がですか?」
「うん。体は大きいけど、どこか小心者でケンカすると尻尾と耳を下げてウロウロしてるの」
「それは……………誉めてませんよね?」
「でもとっても優しくて、私が落ち込んでるとすぐ寄ってきて側にいてくれたの。似てるでしょ? これからも、よろしくね。タロ?」
「はい」
(もしや、俺はこれからタロと呼ばれるんですか?)
そう思ってふと沙紀を見るとどこか安らいだ表情をしていたので、それもいいかと思い直した。
そんなどこかこの場に似合わないホノボノとしたシーンを展開している2人とは違い、皐月と田丸は殺気だった空気をまといながら自分のするべきことをしていた。
皐月は物陰に隠れながら先ほど転がした小瓶に向かい銃を撃つ。
パリッ。
見事命中したその小瓶からは甘い匂いが香る。
その匂いに気付いた杉浦達は顔をしかめる。
「何だ、この匂いは………………」
「千夏、侵入者か?」
「ちょっと待って」
千夏が集中して確かめようとした瞬間、皐月は飛び出す。
「何だよ、お前は!!」
涼が力を発動する前に皐月は手をかざし叫ぶ。
「香に囚われし者たちよ、その香は汝らを捕らえる鎖なり」
皐月が呪を唱えると三人の体から自由が奪われる。
「チッ! 暗示かよ!! 千夏!」
「やってるわ」
千夏は暗示をとくために力を貯める。
「悪いな。お嬢さんそうはいかないんだよ!」
田丸は、皐月と入れ替わり、千夏に向かい銃を撃つ。
パン。
「キャッ」
千夏は自分を襲った、電流らしきもののせいで意識を失う。
「よっしゃ!」
その一連の行動を見ていた沙紀はインカムで外の班に命令する。
「結界排除完了! 突入可能です」
「ふざけるな! くらえ!」
「いけない、皐月ちゃん、田丸、退避!」
そう沙紀が叫んだ瞬間、涼の力が爆発する。そして一帯には小さな暴風が吹き荒れた。
そして、その風は行内の窓ガラスをすべて吹き飛ばし、おさまる。
大祐は、沙紀の体を自分の体で庇う。そして風が止んだと確認すると急いで声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「………………何とか。皐月ちゃん!田丸!無事?」
「無事よ」
「何とか」
「良かった。犯人達は?」
沙紀が目を向けるとそこには千夏を抱えた涼が立っていた。
「まさか、寄せ集めの奴らがここまで力を持っているなんて驚いたよ。今回は、ここまでにしといたほうがいいだろうね」
「結局、あなた達は何者なの?」
「そのうち分るさ。ああ、マスターからの伝言。記憶がないなら言っても無駄かと思ったけど、一応言っておく。あの時の約束を忘れるな、忘れたらどうなるか覚えているなだってさ。じゃあ」
そう言うと涼は、再び風を起こし、この場から姿を消していった。
「何なんですか、今の」
「さぁ? 覚えてないもの。それより………………」
沙紀は、自分の周りの炎を消し去る。
「タロ。杉浦のとこまで連れて行って」
「了解です」
大祐は、沙紀をおぶると今回の主犯である杉浦の元へと向かう。
杉浦には抵抗の意志はないようで手を上げている。
「バカなことしたわね」
「はい」
「普通に訪ねてくればよかったのに」
「貴女の周りはつねに警察の目がありましたから」
「よく、私のことが分ったわね?」
「東京に炎使いの警官の少女がいる。そしてその炎からは、一族の気配がする。そんな噂が残された一族の者達の中で流れたのです」
「そう。でも、悪いけど今の私は九重 沙紀という警官よ」
「はい。貴女が無事ならそれでいいのです」
先ほどまでとはうって変わったような優しげな目つきの男に沙紀は、思う。
(これはただの始まりでしかすぎないのかもね)
「皐月ちゃん。犯人確保」
「いいの?」
「しょうがないでしょ?犯罪は犯罪なんだから」
沙紀の言葉に皐月はためらいながらもその手に手錠をかける。
こうして大祐にとって初めての事件が解決したのである。