第20話:目的
始まりの合図を送った沙紀も、銀行に向かって歩き出す。三人が侵入する時間を作る為に幾分か歩調をゆるめて。
(あと少しだけれど、侵入出来たのかしら)
だんだんと近づく距離に沙紀は少しあせっていた。
その時、インカムから報告がきた。
「九重刑事、侵入成功です。刑事もお気をつけて」
「了解」
(よかった。今度は私の番ね)
沙紀は、そのままの歩調で銀行の入口まで向かい、そしてドアまで辿りつく。
自動ドアが開くと一度深呼吸をして内部へと入る。
入口のATMコーナーを抜けるとそこには犯人である杉浦と椅子に座り身を寄せ合っている男女の姿が確認できた。
「あなたが、杉浦氏ですか?」
沙紀は、注意深く距離を取りながら杉浦の正面で立ち止まる。
「そうだ、さすがは特異課。私の正体も捜査済みか」
「三年前というキーワードも頂きましたから。とりあえず、人質の二人を解放して頂きたいのですが」
「解放した後、別動班と共に私の取り押さえといったところでしょう。そんな子供でも分る作戦とは、笑わせますな」
ガチャ。
沙紀は持っていた銃を杉浦に向け、杉浦を観察した。
杉浦は、いかつい顔と大きな体躯の男でその目つきのするどさを見るとどうもかたぎの仕事をしているとは考えにくかった。
しかし、沙紀をまっすぐと見つめる目には思慮深い知性の光が見てとれる。果たしてこんな男がこんな事件を起こす意味とは何なのか。
「あなたのような方が何故こんな馬鹿げた事件を起こしたんですか? あなたほどの方なら何故三年前の事件を表だったものに出来ないのかは分るはずです」
「もちろん、分ります。政府が何故秘密裏に処理をするか。一般的に特異能力者の存在は認知されていない。そんな状況で真実を表にだせばただ混乱が起き、国が傾く。では、何故私がこのような事件を起こしたとお思いですか?」
「子供の遺骨の返還では?」
「そんなもの、自分で乗り込んで政府と折衝すればいいだけの問題です。私の目的は違います」
「違う?」
沙紀は、少しずつ距離を詰めながら人質と犯人の距離を目ではかる。
「私の目的は貴女です。貴女にお会いすることが私の一番の目的」
「悪いけど、私にはさっぱり分らないわ。確かに、私は以前どこかで会ったことがあるかもしれない。でも、私には記憶が無い」
「…………記憶がないですと!? では、お家のことも何もかも忘れてしまわれたと」
「だから、悪いけどあなたに傷を負わせようと心は痛まないのよ!!」
パン、パン!
沙紀はそう叫ぶと威嚇射撃を放った。
杉浦は、それを察知し後方へと跳び、距離を取る。
沙紀は、人質の元へ急ぎ、その無事を確認する。
「お怪我はありませんか? なければ急いで外へ!」
「はい…………」
カップルは、ゆっくりとだが行外へと向かい始める。沙紀はそれを確認すると前方へと視線を戻す。
そして杉浦へと詰め寄ろうとした瞬間、自分の背中に銃口が突きつけられたのを感じ取る。
「なーんてね。悪いけど、そうはいかないんだよね」
銃口を突きつけたのは、人質の少年だった。
そして少年はクスクスと笑いながら言った。
「悪いけどあなたに用事があるのは僕達もなんだ」