第14話:過去
本部に着き、地下施設から一階のロビーまで来ても沙紀は黙って考えこんでいた。
大祐は、横目でチラチラと見ながらも、沙紀の邪魔をしないように同じように黙り込んでいる。
二階まで来ると沙紀はピタリと立ち止まってしまった。
途中でそれに気付いた大祐は、引き返す。
「どうしました? 沙紀さん?」
「大熊」
「はい、何ですか?」
「先に戻って課長に報告して来て」
そう言うと沙紀は、本部ではなく3階へと進んで行く。
「さっ、沙紀さん?」
「報告して来て」
「…………………はい」
沙紀にジロリと睨まれてしまい、それ以上は何も聞くことが出来ず大祐は、本部へと向かう。それを見届けると沙紀は、3階へと消えていった。
「ただいま戻りました」
「おかえり。大熊くん。あれ、沙紀君は?」
「それが、自分に報告するようにと。本人は3階へ行きました」
「そうなのかい? 沙紀君が報告を他人まかせにするなんて…………。まぁ、とりあえず報告してくれるかい?」
大祐は、課長に手短に報告をした。
「いくつかの条件で絞込み検索した結果が、杉浦 仁です。これが詳しいデータです」
大祐はディスクを手渡す。
「藤田君。科学班の所でデータ照合を頼む」
「了解です」
皐月はディスクを受け取ると本部から出ていった。
「で、他に何かあるかい?」
「実は、沙紀さんが彼に会ったことがあると」
「彼にかい?」
大祐の言葉に課長は心底驚いているようで、首を捻っている。
「おかしいな。三年前には会ってないはずだが………………」
「あの! 三年前では無く、政府に保護される以前ではないかと」
「沙紀君がそう言ったのかい? 君に?」
「…………………はい」
しばらく課長は大祐を凝視していたが、表情を幾分和らげこう言った。
「よかったら、ちょっと休憩しないかい?」
「休憩ですか?」
「そこに座って」
課長は、大祐にソファーに座るように促すと大祐と二人分の珈琲を用意する。
「じっ、自分がやります!」
「いいから、いいから」
課長は手際よく珈琲を用意し、大祐の前一つ置くと自分の分を手に持ち、正面に座った。
「沙紀君はね……………私の親友の娘なんだ。そして特異能力者による犯罪の第一の被害者の娘でもある」
「第一のですか?」
「そう、あれは沙紀君が七歳になったばかりの頃で地震が起きる二ヶ月前のことだ。ある晩、私の携帯に彼から連絡があってね、すぐ来て欲しいと。ひどく切羽詰った声だった。だから、私はすぐ彼の家に向かったんだ。そして…………………」
「そして?」
課長は、珈琲を一口飲むと何かをじっと見るように視線を固定させ、その続きを話始めた。
「駆けつけた私と数人の警官が目にしたものは、床一面に広がる血の海に座りこみ、両親の亡骸を見つめつづける沙紀君だった」
「殺されたんですよね?」
「ああ。すぐに沙紀君は政府が保護した。そして私は捜査を始めたんだけれど、謎が残るばかりでね。沙紀君には、お姉さんが一人と生まれたばかりの双子の弟達がいたんだけど、その三人の遺体は発見されなかった」
「行方不明ということですか?」
「いや、彼の家は特殊な事情を抱えた家でね。一族の本家筋からもう捜査は不要と言われた」
「でも、行方不明なんでしょ!!」
「そう私も主張したんだけれどね。その本家というのがかなり政府に顔がきくみたいでね、迷宮入りということで見切りをつけさせたんだ。でも、政府も黙って引き下がったわけではない。その一族というのをかなり怪しんでね、沙紀君の生存情報は渡さなかった」
「じゃあ、沙紀さんはその一族内では………………」
「死んだことになっているはずだ。その後、記憶喪失になってしまった沙紀君に名前をつけて政府は保護した。そして特異能力があることが認められた彼女は学園へ。ここに配属されたと同時に私が養女としたんだ。本当はもっと早くに引き取りたかったんだけど、独身者に養育は任せられないと言われてね。その後結婚して今に至るという訳だ」
ここまで詳しく内情を大祐に明かす課長を見て思う。
(俺になんか話していいんだろうか?)
そんな大祐のとまどいを見てとった課長は微笑を浮かべて言った。
「いいんだ。君は藤田君や田丸君の他で初めて自分の内に受け入れようとしている人間だから。沙紀君のことよろしく頼むね」
「……………………はい」
大祐は、課長の親として子を頼む心情を察して頷いた。