第13話:血の海に眠るもの
とりあえず、二人はデータをディスクに収めると特異研を後にすることにした。
車中で沙紀は本部に連絡を取り、杉浦 仁についての報告を済ます。そして、一度本部へ戻るように指示を受けた二人は本部への帰路についた。
本部との連絡を終えた沙紀は、ただひたすら自分のこれまでの記憶を探っていた。
(…………………確かに、私はあの男と会っている。でも、それは三年前の事件の時ではない。あの時は、課長の配慮で家族会と直接の接触はしていないのだから)
「あのー、沙紀さん。さっき言っていた、杉浦氏に会ったことがあるという話は?」
「うるさい。今それを思いだそうとしているの!!」
「すみません」
沙紀に一喝された大祐は、思わず体をすくめてしまった。そしてそろりと沙紀の方に目線を向けると沙紀が右手の親指の爪を噛んでいるのが見える。
(相当、イライラしてるな)
沙紀は、考えに考えてある結論に達した。自分のこれまでの記憶にないと言うことは多分、あれ以前に会ったことがあるのだ。
ゴツリ。
停車した瞬間、助手席側の窓に頭を預けていた沙紀から鈍い音が響いてくる。
「さっ、沙紀さん? 大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。でも、結論は出た」
痛みに顔をしかめながら沙紀は言った。
「どういった結論でしょうか?」
大祐はびくびくしながら尋ねてみた。
「大熊、あなたは何歳ぐらいの記憶から残っている?」
「えーっと、幼稚園ぐらいからの記憶からなら、まちまちって感じですかね」
「私は、七歳以前の記憶がまったくないの」
「まったくって?」
「私が特異研にその力を見出され、政府の保護下に入った七歳からの記憶しかないの。それ以前の記憶、家族と一緒にいた間の記憶がない」
「そんな!? ………………事故か病気かですか?」
「私の記憶の始めにあるのは、部屋の床一面に広がった血の海。そしてその現場に来た警察の人間達。それが私の始まりの記憶」
「血の海って……………………」
大祐は言葉を失う。一番始めの記憶が血の海だった、そんなショッキングな出来事があるのだろうか?
「一応、催眠療法というものも受けたし、皐月ちゃんの能力でもお願いはしてみた。けどどうしても一番始めの記憶はそれ。それ以前の記憶が出てこない。皐月ちゃん曰く、多分私が無意識下でブロックしているんだろうって」
沙紀は、今回の事件にはその失われた記憶が大きな関係性を持ったものであるような気がしてならなかった。
(私の記憶の底に眠るもの。それは何を意味するのだろうか?)