第10話:空を見上げて
屋上の扉を開けると風が強く吹き付けてきた。大祐は思わず腕で顔をかばう。風が止み、キョロキョロと辺りを見回すと右端の方の柵に体を預け座り込んでいる沙紀を発見した。
(おっ、ビンゴ! …………でも、どう声をかけたらいいんだろう)
勢い込んで来てはみたが、大祐はどう沙紀に声をかけるべきか悩み、近づくことが出来ないでいた。
そんな大祐に気付いた沙紀は、思わず吹き出してしまう。
(………………何やってるんだか)
ドアの前で考え込んでしまっている大祐を観察してみると、おもしろかった。
何やら真剣に考えているのだろう、青い顔になったり、何かを決意したのか一歩踏み出そうとしたらまた考え込んだり。
沙紀の目には大型犬がうろうろしている様にしか映らなかった。
「大熊! 用があるなら言いなさい」
「はい!!」
いつも通り聞こえてきた沙紀の命令に、即座に反応した大祐は、急いで彼女の元へダッシュする。
「あの……………」
沙紀の前に来たのはいいが、事が事だけに口ごもってしまう。そんな大祐を見て、彼女は苦笑する。
「聞いたのね? 学園のこと」
「はい。………………つらいですか?」
(わっ、何ストレートに聞いてるんだ! 俺!!)
沙紀はじっと大祐の目を見たあと、わずかに視線を落とし語りだした。
「つらいかと聞かれればつらい。でも、これは仕事だからそうも言ってられない。………大熊は何で警官になったの?」
大祐は沙紀の横に腰をおろすと同じように空を見上げ答えた。
「死んだ親父が警官だったんです」
「亡くなったの?」
「はい。地震の時に、被災者の救助をしていて落ちてきたコンクリートの下敷きに」
「ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。葬儀には父が今まで警官として助けた人たちがたくさん来てくれて立派な人だったと。だから、子供心に思ったんです。父のように困っている人を助ける警官になりたいって」
亡くなった父親のことを誇らしげに語る大祐を沙紀はうらやましそうに見ていた。
「……………うらやましいわ。私は、私達学園の生徒には警官や役人になる道しかなかったから。ちゃんとそういう心ざしがある人間がつくべき仕事なのに」
「しかたなかったって、強制的にってことですか! そんなひどいです」
「大熊は知らないから。特異能力者はね、一般人から見れば恐ろしい者に映るのよ。そんな人間を野放しには出来ないでしょ? それに生徒の大半はその力を持て余して親にも捨てられていたの。だから、学園を卒業して仕事に就くことで自分という存在を知らしめたい人間の集まりだった。まぁ、一部例外はいるわよ? 政府に無理やり親元から引き離される場合もあったみたいだし。…………多分今回の犯人はそういう子達の身内じゃないかしら」
大祐は、愕然とした。特異能力に目覚めてしまった人間、特に子供達の現実に。
「でも、沙紀さんもその例外ですよね? 課長がそんな人間なわけないし」
「言ってなかったわね。私とパパさんに血の繋がりはないの。学園を卒業してから養女になったのよ」
「すいません!!」
「謝らなくていいわ。皆知っていることだし。でも、学園の卒業生だからこそ今度の事件、絶対解決させるわ。それが死んだあの子達に出来る唯一のことだもの」
沙紀は、立ち上がりもう一度空を見上げ瞳を閉じる。そしてゆっくりその瞳を開けると、大祐を見て微笑する。
「さぁ、行くわよ! せっかくだし、捜査研修するわよ!」
「はい!!」
そう言うと沙紀は、大祐を置いてスタスタと行ってしまった。そんないつも通りの沙紀を大祐はいつも通り追いかけた。
(良かった、目に力が戻ってる)
互いの過去をほんの少しだけ話し合う。その事で大祐は、少しだけ沙紀と分りあい、互いの距離が縮まった気がしたのだった。