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涙が雨となってわたしを慰める

作者: 優朔


 じめじめとした空気が体を蝕んでいく。


 この季節になるとストレートパーマをかけないことには大変なことになる髪も、朝の大切な十五分を使った化粧を剥いでいく噴き出す汗も、私の気分を急降下させていく。


 きっとこの気持ちもその一つ。

 あんたと、その左に並んで歩くその子を見て喉が焼けるようになるのも

 全部、このじめじめとした薄暗い空模様のせい―――



 ***


 「おー、お疲れ!」

 バスケ部に所属しているあんたと、吹奏楽部員にも関わらずろくに顔を出さない私とは帰る時間は滅多に合わない。けれど、今はテスト期間で部活動停止期間。それは明日までだけれど。この期間だけは、あいつと帰り道を歩く時間がよく被る。一目散に学校を飛び出すところはよく似てるなと思っていた。

 それが少しだけ、嬉しかった。


 それでも今の私にとっては嬉しさのカケラもなくて、徹底的に避けていたのに。


 「別に疲れてないし」

 いつも以上にかわいくない発言が口から出てしまう。この捻くれねじ曲がった性格は生まれ持ったものなのか、それとも思春期特有のものなのか。後者であってほしいと願わずにはいられない。もし生まれ持ったものならば、きっと私はこれからも恋が実る可能性は低いだろう。そうやって、一番可能性の高い理由については考えないようにした。


 「だよな! 俺も部活ねーと体力ありあまっちまってさ」

 逆に勉強なんかできねーよ。と、いつもの屈託のない笑顔で話しかけてくる。そうやってあんたは、いつだって私の嫌味を笑顔で返してくれる。


 いつもは大きなサブバッグを肩にかけているけれど、今日は指定のスクールバッグを右肩にかけていて。いつのまにか私はあいつの左隣を人一人分空けて歩いていた。

 こんなはずじゃなかったのに。嫌でも空いたスペースを意識して、そこにいない人を思い浮かべてしまう。


 「せっかくだし、由香と勉強すればいいじゃん」

 ほら、また。思ってもいないことが口から出るから。また喉が焼ける。みぞおちあたりがズキン、と音をたてた。


 「あー、だめだめ。由香は最後の追い込み入ってて図書館に籠もってっから。邪魔したくないしね」

 今回は一桁代狙ってんだって、と言って笑った。そうやって、あの子のことを大切にしてるあんたがかっこよく見えて、余計に息苦しくなる。



 こんなはずじゃなかった。仲のいいクラスメイトで、気兼ねなく話して笑って。お互い宙ぶらりんな成績を無駄に競い合ったりして。それだけの関係を、もっと近づきたいと欲張った罰なのだろうか。握り合ったことのない、その大きな手に触れたい、その首に腕を絡ませたいと一瞬でも思ってしまったことへの、誰かからの戒めなのだろうか。


 あの子を見つめるあんたを見るのもいいかって、やっと自分の内でケリを付けた途端に。あんたと恋人にはなれなくても、そこそこ仲のいい友達、いや、ただのクラスメイトとしてこれからも笑っていけると思ったのに。



 「...あんたはいい男だよ」


 目に熱が生まれて、咄嗟に上を向いた。

 私たちの真上に広がっている空は、ひどく怖い色をした雨雲がいつのまにか白い雲を浸食していた。


 一瞬ぽかん、としたあいつだったけど、「だよなー! 俺って彼女思いのいい彼氏だよな!」と笑った。今まで冗談でもあいつを褒めるなんてしたことのなかった私の発言に、驚きながらもいつもの調子で。それが逆に、気を遣わせてしまった気がして悪いことをした気分になった。

 それでも動く唇を、止めることはできなくて。こうなることを確かに恐れていたはずなのに、心のどこかで決着を付けたがっていたことに今更ながらに気付いた。それがあいつの為にも自分の為にもならないことなんて、百も承知なのに。



 「......わたし、あんたが由香を見る目が」


 ぽつり、溢れそうになった、熱を帯びた涙の代わりに冷たい雨が頬に落ちてきた。


 「あったかくって、優しくって」


 とれかけた私の仮面の上を、素顔に戻すように雨がすべり落ちていく。


 「ずっと、素敵だなって、思ってたよ」



 私なりの精一杯の告白は、雨の匂いとともに空気に混じっていった。融合するはずのないその異分子は、きっとこの後降りしきるであろう雨とともに、私の知らないところへ流れていくだろう。その行き着く先は誰も知らない。私も、あいつも。



 言い逃げ、の表現がすっぽりと当てはまるように私はその場から駆け出した。一気に強くなってきた雨の音のあいだに、あいつの声が聞こえた気がした。


 明らかにいつもと違う私をあいつは不信に思うだろう。精一杯の告白は鈍感な奴のこころにとまらない。ただただ、どこまでも優しいあいつは、心配そうに私の顔をのぞき込むのだろう。


 泣き顔なんて、見せるもんか。最後にちゃんと向き合った顔がそんなマヌケな顔だなんて後味の悪いこと、それだけは絶対に。



 この雨が上がる頃、私の涙も乾くように。せめて最後はあいつと同じ屈託のない笑顔を残せるように。だから、嫌いな雨が涙を隠してくれる、今だけは思う存分に―――




   『And I look again towards the sky as the raindrops mix with the tears I cry』          

   ―雨と涙が混ざるように、私は再び空を見上げる―



 ***


 私は明日、この街を去る―――



『』内は作者不明の言葉を引用させて頂きました。


このお話は以前サイトに載せていたものを改訂したものです。

拙いものですが、お付き合いくださいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素直になれない女の子の心理が彼女自身の突き放した視点で綴られている点が良いです。 二人の間を一人分空けてしまう行動や 相手の彼の善良さゆえの鈍感さが嫌味でなく描かれている点も高く評価した…
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