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断罪された社畜令嬢ですが、私の魔導管理がないと国が回りません  作者: 渚月(なづき)


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第九話 前世の約束と現世の答え

クラウス王太子は、管理局の扉を開けた瞬間、足を止めたらしい。

その理由を、私はよく知っている。


断罪から四十二日。


王太子の非公式視察に私は立ち会えなかった。外部技師には権限がない。

だがその夜、エルヴィンが詳細を伝えに来た。


「管理局の執務室は別物だった。調整器具は散乱、報告書の棚は半分空、保管庫には未整理の機材が山積みだ」


「王太子殿下は何と言いましたか」


「何も。黙って見て回って、黙って出て行った」


「それは良い兆候ですか」


「あの人は怒ると黙るタイプだ」


その後、すべての書類が正式に王太子の手に渡った。

二日間の沈黙があった。


「予想通りだ」とエルヴィンは言い、「想定内よ」とマルグリットは言った。


三日目。王宮から使者が来た。

リアナ・フェルトベルクに、王太子の私室への出頭を命じる、と。



王太子の私室に通される。

クラウス王太子は窓辺に立っていた。紫色のマント、金の肩章。


「座ってくれ」


机の上にすべての書類が広がっていた。


「これらの書類に目を通した。すべて事実か」


「はい。検証可能な形で記録してあります」


長い沈黙。


「私はあなたを断罪した。セレナの証言を信じ、弁明の機会を設けなかった」


「はい」


「なぜ、あの場で反論しなかった」


「反論が通る状況ではありませんでした」


「だから四十二日も——ひとりで」


「ひとりではありませんでした。助けてくれた人たちがいます」


王太子は目を伏せた。


「なぜ感情的にならなかった。恨まなかったのか」


「恨む時間があれば記録を取る方を選びます。感情で動いても何も変わりません」


前の人生で学んだことだ。

光る板の前に座って、深夜のオフィスで、同じことを思い知った。

不正な人事評価。握り潰された報告書。証拠を残さなかったから何も証明できなかった。


だから今度は泣かなかった。怒らなかった。代わりに記録を取った。


「リッチモンド公爵とセレナへの処分は、正式な調査の後に決定する」


「はい」


「あなたの断罪は——撤回する。名誉の回復とすべての権限の返還を近日中に公布する」


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこちらの方だ。リアナ、管理局に戻る気はあるか」


「少し考えさせてください」


王太子は窓の外を見た。


「もう一つだけ。セレナが最後の反論を準備している。公開の場であなたの証拠を全面否定するつもりだと」


「予想しています」


「大広間で貴族たちの前でセレナと対峙することになる。それでも構わないか」


「構いません。証拠がある限り、どこでも同じことを申し上げます」


「あなたは強い人だ」


「強くはありません。仕事に慣れているだけです」


王太子は小さく笑った。初めて見る笑顔だった。


「仕事か。私にはまだ、あなたのように仕事に向き合う覚悟が足りなかった」


「殿下。遅くはありませんよ」


「あなたにそう言われると信じたくなる」


「信じなくていいです。ご自分で確かめてください」


王太子は頷いた。もう優柔不断な目ではなかった。


「待とう。ただ、この国にはあなたが必要だ」


私室を出た。廊下を歩く。涙が出そうだった。

近衛兵に案内されて正門に向かう途中、マルグリットとすれ違った。


「終わったようね」


「はい。断罪が撤回されます」


「妥当な結論ね」


「マルグリットさんのおかげです」


「私は鍵を貸しただけよ。記録を読んで意味を見出したのはあなた」


「それでも」


「一つ忠告しておくわ。断罪の撤回は始まりに過ぎない。リッチモンド公爵は簡単には倒れない。公開の場で決着をつける覚悟はあるの」


「あります」


「ならいいわ」


鍵束が鳴った。


少し先の廊下で、トーマが壁にもたれて待っていた。目が赤い。


「リアナさん。聞きました。断罪が——」


「ええ。あなたが記録を守ってくれたおかげよ」


「僕は……僕はただ、リアナさんが教えてくれたことを捨てたくなかっただけです」


「それが一番大事なことよ」


トーマは涙をこらえながら、大きく頷いた。


「リアナさん、管理局はどうなるんですか」


「分からないわ。でも、正しい方向に変わると信じている」


「僕は……リアナさんが戻ってきてくれたら、嬉しいです」


「それはまだ決めていないの。でもトーマ、あなたがいる管理局なら、きっと大丈夫よ」


「僕なんか、まだ何もできません」


「できないことが多いのは当たり前よ。大事なのは、記録を取ること。観察すること。手を動かすこと。あなたはもうそれを始めている」


トーマの背筋がすこし伸びた。


「……頑張ります」


「頑張りすぎなくていいの。ちゃんと寝て、ちゃんと食べて。それが一番の仕事よ」


トーマは笑って去っていった。


前の人生で、後輩にこんなことを言えただろうか。

あの頃の私は自分のことで精一杯で、誰かを育てる余裕なんかなかった。


リアナとしての五年間は、仕事だけではなかった。

トーマを育て、マルグリットと信頼を築き、エルヴィンと無言の連携を重ねた。

その人間関係が、今、私を支えている。


前の人生で失ったものは大きかった。

けれどこの人生で得たものは、もっと大きい。



正門を出ると、エルヴィンが石壁にもたれて立っていた。


「どうだった」


「断罪が撤回されます」


エルヴィンの表情が——これまでで一番柔らかくなった。


「そうか」


「はい」


「……よかった」


たった一言。けれどその声の温度が、言葉の何倍もの感情を伝えていた。


並んで城下町の石畳を歩いた。


「管理局に戻るのか」


「まだ決めていません」


「技師団は有能な魔導技師をいつでも歓迎する。もし管理局でなくてもいいなら——」


そこで止まった。視線をそらして付け加えた。


「……個人的にも」


風が吹いた。冬の終わりの、少しだけぬるい風。


返事はしなかった。代わりに半歩だけ距離を縮めて歩いた。

肩と肩が触れるか触れないかの距離。

エルヴィンは何も言わなかった。ただ歩幅をほんの少し私に合わせた。


宿に着く頃、空には星が広がっていた。


前の人生の記憶がまた浮かんだ。

深夜のオフィス。最後の日。隣のデスクの人が小さな声で言った。

「もっと早く、言えばよかった」


あの言葉の意味が、今になって分かった気がする。


次は——もっと早く、答えを出そう。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


部屋に戻ると、トーマからの手紙が届いていた。


「断罪撤回の話が管理局内に広まっています。ディオンさんは蒼白です。そして——セレナ様が王太子殿下に泣きながら面会を求めたそうです」


最後の抵抗が始まる。


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