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断罪された社畜令嬢ですが、私の魔導管理がないと国が回りません  作者: 渚月(なづき)


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第六話 壊れかけた魔導回路

農業区の調温器が、完全に停止した。

収穫前の小麦畑が、一夜にして冷害の危機に晒されている。


断罪から二十一日。


「リアナさん、すぐに来てくれ。調温器が全部止まった」


組合長の声は切迫していた。


農業区に駆けつけると、畑一面に霜が降りていた。

調温器の蓋を開ける。内部の魔力回路が焼き切れていた。


(……素人の操作だ。)


調整不足の状態で強制的に出力を上げた結果、回路そのものが損傷している。

おそらく管理局の職員が力任せに対応しようとしたのだ。


応急処置に取りかかる。焼き切れた回路を迂回させ、予備の経路で魔力を通す。


三時間かけて四基のうち二基を仮復旧させた。残り二基は部品交換が必要。


「ありがとう、リアナさん。あんたがいなかったら全滅だった」


年老いた農夫が震える声で言った。


「まだ安心はできません。部品交換が必要です」


「管理局は動いてくれるかね」


「正直に言えば、期待はしないでください。ですが、別の手を打ちます」


組合事務所に戻り、組合長に提案した。


「王宮に正式な業務改善請求を出しませんか。農作物への被害という実害が出ています」


「リッチモンド公爵の耳に入れば厄介だぞ」


「組合は王宮から独立した自治組織です。正当な権利として請求できます」


「権利はある。だが圧力をかけられる」


「すべてを文書化して提出すれば、握り潰すことはできません。それに組合長、農民たちの被害は事実です」


「分かっとる。分かっとるが——」


「組合長が声を上げなければ、誰が上げるんですか。管理局は動かない。王宮は知らない。知らせることができるのは、被害を受けた当事者だけです」


「あんたが言うと、断れんな」


「お願いしているのではありません。事実を伝えてほしいだけです。判断は組合長がなさってください」


組合長は窓の外を見た。商業区の通りでは、回廊灯が消えたまま暗い角がいくつもある。


「……俺も商売人だ。客が困っているのに黙ってはいられん」


「では」


「やろう。だがリアナさん、あんたの名前は出さない方がいい。リッチモンド公爵に目をつけられたら面倒だ」


「構いません。それに、農民たちの被害は事実です。組合長が声を上げなくて、誰が上げるんですか」


組合長は腕を組み、長いこと黙った。


「……わかった。やろう。ただしリアナさんの名前は出さない」


「構いません」



宿に戻ると、トーマが部屋の前で待っていた。顔が蒼い。


「リアナさん。管理局で記録の廃棄が始まりました」


「廃棄?」


「カースル主任が過去三年分の調整記録を処分するって。『古い書式だから』と。明日の午後には焼却です」


三年分の記録——私が作成した報告書の管理局控えが含まれている。


「トーマ、あなたが守っていた記録は?」


「僕が持っている分は無事です。でも管理局の原本は……」


「原本がなくても写しがあれば照合はできる。でも証拠としての力は弱まるわ」


「どうすれば……」


「商人組合の申し立てが受理されれば、関連する記録の保全命令が出る。間に合わせるしかない」


「僕にできることはありますか」


「トーマは管理局にいてくれるだけでいい。無理は絶対にしないで。あなたが巻き込まれたら元も子もないわ」


「でも——」


「約束して」


「……はい」


トーマは唇を噛んで、頷いた。


「リアナさん。一つだけ聞いてもいいですか」


「何?」


「リアナさんは怖くないんですか。公爵家と戦って」


「怖いわよ」


「え?」


「怖いに決まってるでしょう。でもね、トーマ。怖いからって何もしなければ、壊れた調温器はそのままよ。畑は枯れるし、街の灯りは消える」


「……」


「私にできることは修理と記録だけ。それだけを、一つずつやる。それ以上のことは考えない」


トーマの目に涙が浮かんだ。


「リアナさんは僕の先生です。先生が困っているのに、何もできない自分が悔しい」


「あなたは十分やっている。記録を守ってくれた。管理局の中から情報をくれた。それがどれだけ助かっているか分かる?」


「本当に……?」


「本当よ。だから無理はしないで。あなたの安全が一番大事」


すぐにエルヴィンのもとへ走った。

彼が仕事帰りに寄る酒場を、以前の手紙の一文から覚えていた。


息を切らせて扉を押し開けると、奥のカウンター席に黒髪の男が一人。


「記録の廃棄が明日行われます」


エルヴィンは黙って聞いた。


「技師団は管理局とは別組織だ。管理局の内部記録の保全を外部から求めることはできない」


「分かっています」


「だが——技師団の業務記録として、管理局との共有資料のコピーがある。それは技師団の管轄だ」


「共有資料……」


「全部ではないが、主要なものは残っている」


「すべてが消えるわけではない」


「消させない」


その一言が、ただの事実確認ではなく、約束のように聞こえた。


「ありがとう、ございます」


声が震えた。自分でも驚くほど。


エルヴィンはコートを羽織った。


「技師団の記録室に行く。今から」


「今から……」


「記録が消える前に、だ」


彼は酒場を出た。追いかけようとして——やめた。

ここから先は彼の領域だ。


宿への帰り道、農業区を通った。薄い霜がまだ残っている。


農夫の老人が畑に立っていた。


「リアナさんか。こんな遅くに」


「少し用事がありまして。畑は」


「あんたが直してくれた調温器のおかげで、このあたりは持ちこたえとる。でも東側の畑は小麦が半分やられた」


「……申し訳ありません」


「なんであんたが謝るんだ。管理局が仕事をしていれば、あんたが駆けつける必要なんかなかった」


老人の声には静かな怒りがあった。


「一つ頼みがある。商人組合が王宮に申し立てをするなら、うちの畑を見てくれ。証拠にしていい」


「ありがとうございます」


「礼はいらん。あんたが始めたことを、最後までやってくれ」


夜風が冷たかった。けれど足取りは行きよりずっと軽かった。


農業区を出るとき、畑の端に咲いている冬の野花が目に入った。

調温器が壊れた区画でも、雑草や野花は生きている。


魔導具がなくても、生きるものは生きる。

けれど、人の暮らしはそうはいかない。

温度の管理がなければ作物は育たないし、灯りがなければ夜道は危険だし、水門が止まれば洗濯もできない。


当たり前の暮らしを支えているのは、当たり前の仕事だ。

私はその仕事を奪われた。でも、仕事そのものは奪えない。


技術は、手に残っている。


ここから先は彼の領域だ。


宿に戻り、深夜まで書き続けた。申し立て書の下書き。被害報告書。検査報告書の総括。


指先がインクで黒くなっていく。


ふと、前の人生の記憶が重なった。

深夜のオフィス。締め切り前の報告書。隣のデスクの明かり。

あの人の名前は思い出せない。

けれど「一人じゃない」という感覚は、今と同じだった。


万年筆を置く。指先の震えは、もう止まっていた。


管理局の扉の向こうで記録を燃やす煙がたなびく頃——。

組合長は申し立て書類を握りしめて、王宮の正門を叩いていた。


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