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断罪された社畜令嬢ですが、私の魔導管理がないと国が回りません  作者: 渚月(なづき)


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第二話 彼女が消えた王宮の異変

私が王宮を去って三日目。

魔導管理局の回廊灯が、ひとつ消えた。


もちろん、私はその場にいない。

城下町の安宿の一室で、荷解きもせずに天井を眺めていた。


持ち出しを許された荷物は、着替えが二着と、母の形見の万年筆だけ。

それ以外のすべて——五年分の管理記録も、調整用の道具も、引き継ぎの書類さえも——は「横領の証拠品」として没収されたまま。


(……引き継ぎ書類まで証拠品というのは、さすがに無理がある。)


体を起こす。

宿の窓は小さく、見えるのは路地裏の石壁だけだった。


狭い部屋。薄い毛布。固い寝台。

けれど不思議と、惨めさは薄い。


五年間の日々を思い返す。


魔導具とは、この国の暮らしを支える装置のことだ。

街の明かりを灯す回廊灯。水路の流れを制御する水門管。農地の気温を安定させる調温器。

それらすべてが魔力で動き、魔力は放置すれば劣化する。季節や気温で変動もする。


私の仕事は、それらの調整と維持管理だった。

ひとつひとつ、手で触れて、魔力の流れを読み取り、最適な状態に整える。

地味で、気の遠くなるような作業。

けれど、それがなければ、この国の基盤は三ヶ月ともたない。


「横領」と言われたのは、調整用の魔石の使用量が記録と合わない——という理由だった。

当然だ。魔石の使用量は気象条件で変わる。私は毎月その変動を報告書に記載していた。


けれど、その報告書ごと「証拠品」として没収されてしまった。

つまり、私の潔白を証明するものは、今、手元にはない。


(……いや。ひとつだけある。)


毎晩、個人的につけていた調整記録の写し。

自分の技術向上のためにつけていたものだ。


没収された公式書類と照合すれば、使用量のずれが正当だったと証明できる。

ただし、照合するには没収書類へのアクセスが必要で——。


宿の扉が叩かれた。


「どなたですか」


返事はない。

代わりに、扉の下の隙間から薄い封筒が差し込まれた。


封を開ける。中身は短い手紙と、小さな金属片。


「回廊灯が消えた。調温器の点検周期を誰も知らない。管理局は混乱している」


署名はない。

けれど、この几帳面な文字の並びを、私は知っている。


エルヴィン。

魔導技師団の副団長。

私がいた頃、ほとんど言葉を交わさなかった人だ。

ただ、必要な資料はいつも私の机に置いてあった。あの人だけが。

あの人は不思議な人だった。

技師団の副団長という肩書きを持ちながら、管理局の会議にはほとんど顔を出さない。

けれど、私が調整に困ったとき——たとえば、冬場の水門管の魔力変動が異常に大きかった年——翌日には、過去十年分の気象データと魔力変動の相関資料が私の机の上に置いてあった。


同僚に聞いても、誰も知らなかった。

けれど資料の端に、小さく几帳面な字で走り書きがあった。

「三年周期の変動パターンに注意」

その走り書きのおかげで、私は水門管の調整を三日早く完了できた。


礼を言おうと技師団の部屋を訪ねたことがある。

エルヴィンは作業台に向かったまま、こちらを見もしなかった。


「必要な情報を必要な場所に置いただけだ」


それきり会話は途切れた。

でも次の月も、その次の月も、必要な資料は必ず私の机に置いてあった。

あの人なりの連携だったのだと、今になって分かる。



同封されていた金属片を指先で確かめる。

魔導具の調整に使う特殊工具の先端部分だ。市場では手に入らない、管理局にしかないもの。


(……これを渡すということは。)


あの人は、私に戻ってこいと言っているのではない。

「証明する手段がある」と言っているのだ。


手紙をもう一度読む。

「調温器の点検周期を誰も知らない」


それはそうだ。

あれは私が独自に組んだ周期で、公式マニュアルには載っていない。

十年前の古いマニュアルが実情に合わなかったから、毎年実測値をもとに調整していた。


その記録がなければ、後任は手探りで管理するしかない。


後任。ディオン・カースルという名前だけは聞いている。

セレナの推薦で着任した、とだけ。


(……彼が有能なら、それでいい。)


一瞬そう思った。

だが、回廊灯が三日で消えた事実が、答えを出している。


私は荷物の底から、一冊の手帳を取り出した。

革の表紙は使い込まれて角が丸くなっている。

これが、私の五年分の個人記録だ。


「……回廊灯の魔力充填は三十二日周期。最終調整は私が辞める二日前」


ということは、今日が周期の限界日。消えた灯は、魔力切れだ。

横領でも事故でもない。単純な管理不足。


指先で手帳の表紙を撫でる。


管理局の備品にはすべて管理番号が刻まれている。

エルヴィンが渡してきた工具の先端にも微細な刻印がある。

台帳と照合すれば、台帳自体の改ざんの有無が確認できる。


小さな糸口。

でも、確実に繋がっている糸だ。


台帳が正しく記載されていれば、この工具は「所在不明」と記録されているはず。

もし記載されていなければ——台帳自体が改ざんされている証拠になる。


エルヴィンはそこまで考えて、これを渡してきたのだろうか。

あるいは、私がそこまで考えることを、分かっていたのか。


どちらにしても——この人は信用できる。

理屈ではなく、手触りでそう思った。



手帳を胸に抱え、立ち上がる。

窓の外、薄い雲の切れ間から、かすかに王宮の尖塔が見えた。


(……やることは、変わらない。)


一つひとつ確かめる。手で触れて、流れを読んで、正しい状態に整える。

魔導具の調整と同じだ。


扉を開けて階段を降りると、入り口に一人の少年が立っていた。

そばかす顔に大きな瞳。インク染みだらけの手。


「……トーマ?」


「リアナさん」


彼の声は震えていた。けれど目はまっすぐだった。


「僕、管理局の見習いを続けています。でもカースル主任は、リアナさんが組んだ調整スケジュールを全部白紙に戻しました」


「全部?」


「はい。『古いやり方は必要ない。私のやり方でやる』って」


「彼のやり方って?」


「何も決まっていないんです。巡回の順番も周期も全部なくなって、現場は毎日どこから手をつけていいか分からなくて」


五年かけて積み上げた仕組みが、三日で消えた。


「トーマ。あなたまで巻き込まれる必要はないわ」


「でも——」


「でも、じゃないの。あなたが目をつけられたら、動ける人間がいなくなる」


トーマは唇を引き結んだ。


「僕、管理局の見習いを続けています。でもカースル主任は、リアナさんが組んだ調整スケジュールを全部白紙に戻しました」


「全部?」


「はい。『古いやり方は必要ない』って。でも僕は——リアナさんが作った記録の写しを、こっそり持ち出しました」


小さな革袋を差し出した。中身は管理局の調整用インク——魔導具に直接書き込むための特殊なインクだった。


「なんで、ここまで」


「リアナさんの記録は、僕が守ってます」


その一言で、鼻の奥がつんとした。


「……ありがとう」


トーマは頷くと、身を翻して路地に消えた。


ひとりではない。

そう思った瞬間、息がすこし深くなった。


手帳と、工具と、インク。

まだ足りない。けれど、揃い始めている。


宿に戻り、机に向かう。

万年筆のキャップを外し、白紙に最初の一行を書いた。


——管理局への復帰は、求めない。

——ただし、不正の証明は、必ず行う。


指先のインクが乾くのを待つ。


街の向こうで、二つ目の回廊灯が、ゆっくりと暗くなっていった。


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