第十話 魔導は己が灯を
王宮の大広間に呼び出されたとき、私は覚悟を決めていた。
けれど待っていた光景は、想像と違っていた。
断罪から四十九日。
セレナは全面否定に出た。
フィオナの書類は「偽造」、私の報告書は「恣意的な測定」、技師団の報告書は「買収された者たちの作文」。
王太子は双方の主張を検証するため、公開の場での対決を命じた。
三日後、大広間にて。
三日間で準備を整えた。すべての証拠を時系列で整理し、反論の余地がない形に組み上げた。
エルヴィンが資料を確認し、トーマがデータを更新し、マルグリットが公式書類の認証を整えてくれた。
当日。大広間。
高い天井。ステンドグラス。貴族たちの視線。
正面にクラウス王太子。右にリッチモンド公爵。左にマルグリット。
セレナが先に口を開いた。
「リアナの測定値は技師の裁量で操作が可能です。意図的に不正な値を記録した可能性は排除できません」
「粗悪部品は予算削減の一環であり正規の手続きを経ています」
「リアナは断罪への怨恨から王宮の秩序を乱しています。主張はすべて退けるべきです」
広間がざわめいた。
私の番だ。
「まず、測定値について。この場で独立した検証を提案します」
共鳴測定子を取り出した。
「どなたかに魔導具を一つ指定していただき、私と管理局の技師が同時に測定します。恣意的であれば異なる値が出るはずです」
セレナの微笑みが消えた。
「公正な方法だ。カースル主任、参加してもらえるか」
近衛兵が回廊灯を指定した。私が測定し値を読み上げた。
ディオンが測定しようとして——。
「すみません。この測定子の使い方が……」
管理局の主任が、基本的な検査器具を使えなかった。
広間に重い沈黙が落ちた。
「次に粗悪部品について。購入記録では純正品の型番が記載されていますが、実際の部品は別物です。製造元はリッチモンド公爵家と取引関係にある工房でした。差額はリッチモンド家に還流しています」
リッチモンド公爵の顔が強張った。
「最後に断罪そのものについて。フィオナさん」
フィオナが広間の端から前に出た。足が震えている。けれど歩みは止まらなかった。
「私はセレナ様の命令で、リアナ様の机に偽の伝票を入れました」
「嘘よ!この女は買収されている!」
「買収の証拠はありますか」
私の声は静かだった。
「私の証拠はすべて検証可能です。セレナ様の主張は『捏造だ』という断言のみで、反証がありません」
クラウス王太子が立ち上がった。
「十分だ。リアナ・フェルトベルクへの断罪は虚偽の証言に基づくものと認定する。リッチモンド公爵に不正の正式調査を命じる。そしてリアナ・フェルトベルク——断罪を正式に撤回し、名誉を回復する」
大広間がどよめきに包まれた。
◇
すべてが終わった後、エルヴィンが廊下で待っていた。
上着を私の肩にかけた。
「震えている」
「緊張が解けただけ」
「知ってる」
「さっき、すごかった」
泣きそうな笑いがこみ上げた。
それから数日、処分は静かに進んだ。
リッチモンド公爵は内務卓官を解任された。婚約は解消。ディオンも解任。
そして王太子が声明を出した。
「今回の件は私自身の判断の誤りでもある。同じ過ちを繰り返さぬよう、断罪の手続きに第三者検証の制度を設ける」
セレナは処分の際、泣かなかった。
「負けたのね。認めるわ」
その言葉を聞いたとき、最後のしこりが溶けた。
処分が進む中で、一つだけ心に残った場面がある。
ディオンが主任を解任される日、管理局の前で声をかけられた。
「フェルトベルクさん。恨んでいますか」
「いいえ」
「なぜ」
「あなたは利用されただけです。実力が足りなかったかもしれないけれど、自分から悪事を企んだわけではないでしょう」
ディオンは目を見開いた。
「もっと早く知っていれば、違う選択ができたかもしれない」
「まだ遅くはないわ。技師の資格を取ることをお勧めします。実力をつければ誰の庇護も必要なくなる」
ディオンは長いこと黙って、それから深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
トーマに報告すると驚いた顔をした。
「カースル主任に助言したんですか。あの人のせいでこんなことになったのに」
「恨みを持ち続けても何も生まれないわ。彼が変わることは管理局にとっても悪くない」
「リアナさんは、やっぱりすごいです」
「すごくないわよ。疲れているだけ」
トーマは笑った。ようやく年相応の笑顔だった。
ディオンの背中を見送りながら思ったことがある。
敵だった人間にも事情がある。弱さがある。
それを認めることは許すことではない。ただ、理解するということだ。
セレナもそうだった。
賢く、計算高く、冷酷だった。けれど彼女なりの恐怖があった。自分より有能な人間が近くにいることへの恐怖。
その恐怖が彼女を追い詰めた。
人は誰でも恐れに動かされる。
大事なのは、恐れに負けたときどう立ち直るかだ。
管理局への復帰は断り、新設の魔導統合管理部門の初代責任者に就任した。
エルヴィンの技師団と毎日顔を合わせる仕事だ。
「隣の部屋になるな」
「ええ。よろしくお願いします」
「一つ条件がある」
「条件?」
「深夜まで働くのは禁止だ。調整記録は翌日でいい」
「あなたに言われたくないですね。技師団の明かり、いつも最後まで点いているでしょう」
「……それは仕事が面白いからだ」
「私も同じですよ」
エルヴィンは少し困ったような顔をした。この人がこんな表情をするのは初めて見た。
「じゃあ、二人とも定時で帰ることにしよう」
「無理でしょう」
「だろうな」
小さく笑い合った。初めてだった。二人で声を出して笑ったのは。
「ああ」
彼が差し出した手を握り返したとき、掌が少し汗ばんでいた。
前の人生の記憶が最後にもう一度浮かんだ。
あのとき言えなかった言葉。握れなかった手。
今は——ここにある。
トーマは正式な技師候補に昇格した。
マルグリットは相変わらず鍵束を鳴らしている。
フィオナは書記官室の事務員として新しい一歩を踏み出した。
エルヴィンと並んで新しい執務室の窓から庭を眺めた。
「この部屋、日当たりがいいな」
「ええ。植物を育てるのにちょうどいい」
「また薬草か」
「ええ。前に育てていたのと同じもの」
「あの割れた鉢の?」
知っていたのか。
「見ていたんですか」
「裏庭は技師団の窓から見える。あなたが毎日水をやっているのは知っていた」
「それも『必要な情報を必要な場所に置いただけ』ですか」
「いや。ただ見ていただけだ」
少しの沈黙。
「エルヴィンさん」
「何だ」
「これから、よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそ」
それだけの会話。けれど十分だった。
新しい執務室の窓辺に、小さな植木鉢を置いた。
あの日割れた鉢ではない。新しいものだ。
中には同じ薬草の苗が植えてある。
根は、生きている。
これから先も——きっと。
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