ダンジョン内で助けを求めてきたのは壁にめり込んだ生首でした
「……依頼の品も手に入ったことだし、そろそろ戻るか」
A級ハンターであるビリー・ガルシアは今日もソロでダンジョン攻略を行なっていた。依頼によっては臨時でパーティを組むこともあるが、契約期間が終われば付き合いも終わり。必要な分だけダンジョンに入って金を稼ぎ、あてもなく旅をして暮らす今の生活は自分に合っているのだと思う。
ハンターとしての実力が上がれば上がるほど、周囲の人間たちを煩わしく感じるようになっていた。金蔓として利用しようと人のいい顔をして擦り寄ってくる者。名声に惹かれ、他者に自慢できる優れたアクセサリーとしての俺を求める女。優秀な武力として、己の側に置きたがる権力者たち。
今でこそソロでも危なげなく深層に入れるほどに鍛え上げられている身体だが、顔面が両親譲りの整った造形であったのもよくなかったのだろう。まだ若い頃はギラギラした女ばかりでなく、屈強な男たちからも尻を狙われて辟易としたものだ。容赦なく返り討ちにしてやったが。
この街にはダンジョンがあるため、国中から力を試し金を稼ぎたいハンターが多く集まってくる。身分保証のいらないハンターには他人に言えない過去を持つ者も少なくなく、基本的には他者への不用意な詮索は御法度だ。だが、この街ともそろそろお別れだろう。地上に戻るたび煩くまとわりついてくる女はこの地の権力者であるらしく、流石に宿の主人と共謀して合鍵を使われたのには参ってしまった。なぜダンジョンの外でまで帯剣して眠らねばならないのか。
油断なく剣を構え、岩壁の道を迷いなく進む。曲がり角から飛び出してきた蝙蝠型の魔物を切り落としたところで、不自然な物音を聞いた。
「……い……」
新種の魔物か。この辺りで鳴き声を出す魔物は記憶にないのだが。討伐すれば報奨金も出るかもしれない。道銀の足しにはなるだろう。
「ど……か、…………さい……」
「もしや……人間、か?」
音の聞こえる方へ慎重に足を進める。確かここは、行き止まりの袋小路になっていたはずだけれども。
「あっ! やっぱりどなたかいらしたんですね? あの、申し訳ないのですが少し手伝っていただきたくて……!」
進んだ先で目にしたのは、岩壁の真ん中に浮かぶ女の生首であった。
「アンデッド……?」
「いっ、いえいえとっても新鮮です! 生きてます、元気に生きておりますよ私! ほらっ、ご覧ください、ほらっ!」
形のいい眉を忙しなく上げ下げし、長いまつ毛をぱちぱちぱちぱちと瞬かせる女。状況の異常さに呆然としてしまったが、改めて見るとなかなかに可愛らしく整った顔をしているようだ。
金髪は少しウェーブがかかっており、薄暗いダンジョン内だというのになんだか輝きを放っている。化粧っ気はないが頬はほんのりと染まり、きめの細かい白い肌に唇はぽってりと艶やかだ。ぱっちりと大きな瞳はこちらを見上げるように見開かれ、歳の頃は二十に届かないくらいか。細く華奢な首は途中から岩壁にめり込んでおり、その先の身体は壁の向こうの空間にあるのか、もしくは岩の中に埋まってしまっているのだろうか。
ビリーは健康な成人男性だ。数日ダンジョンに篭って戦闘に励んでいたのだし、溜まるものだってある。もし顔と身体が逆向きに埋まっていたのなら、もっと楽しいことが出来たかもしれないと考えてしまうのは許してほしい。一応この向きだって出来ないこともないが──初見で意味の分からない状態にある相手に易々と急所を晒すなど自殺行為に近いだろう。噛み切られたら死んでしまう、普通に。
「もうそろそろ体勢が限界なんです、よかったら脱出を手伝って欲しくて……!」
「だが……助けた瞬間に襲い掛かられても面倒だ」
「そんなことしませんよっ、私はただのC級ハンターですし! その証拠にほら、タグも──あっ……首にかけてるから見えないですね……」
わずかに首を下へ向けた女はしょんぼりと眉を下げて弱々しく笑った。
「ふむ、そういえば一度ギルドで見かけたことがあるような気がするな? 確か……エミリーといったか」
「そうですそうです! 私です! 私エミリーです!」
「ふっ……そうか。俺はビリーだ」
「えっ、ビリーさんって、あの……! A級の、ビリーさん? ですか……?」
「まあ、そうだな」
「やっぱり! わぁ、すごい……! 有名なんですよ、ソロで深層に入れる凄いハンターだって……!」
パッと表情を明るくして笑うエミリーは妙に愛らしい。昔飼っていた犬に少し似ているかもしれない。
「まあいい。たとえお前が新種の魔物だったとしても、俺が負けるとは思えないからな。とりあえずやってみよう」
「ありがとうございます……っ! なかなかここまで来てくれるハンターはいないから、もうこのままここで死んじゃうのかと思ってましたぁ……!」
エミリーはへにゃりと情けない顔で泣き笑いを見せた。つい金色の髪をひと撫でしてしまう。このふわふわの毛並みも何やら懐かしい。あの犬はやたらと俺に懐いていたのだ。
──ガンッ!
マジックバッグに入っていたつるはしで岩壁を叩けば、ガラガラと石屑が崩れて落ちた。通常ダンジョンの壁や設備は破壊不可のオブジェクトであるはずなので、こうして壊れている以上やはり普通の壁ではないのだろう。
──ガンッ!
あまり近くを叩くと飛んだ破片がエミリーを傷つけるかもしれないため、慎重に場所を見極めなければならない。
「聞いてもいいか」
「はっ、はい、なんでしょう?」
ぎゅっと目を閉じて唇を結んでいたエミリーはうっすらと瞼を上げて答えた。
「なんだってこんなことになってるんだ? ここはC級がひとりで来られる階層でもないだろう」
「そう、そうなんです……元は臨時で組んだパーティメンバーが一緒だったんです。私は二十階でそろそろ限界だって伝えたんですけれど、俺たちが守るから大丈夫だって押し切られてしまって……。そっ、それなのに、あの人たち……野営中に私のテントに入ってきて! ひ、酷いこと、されそうになって……私、慌てて逃げてきちゃったから、荷物も何も持ってこられなくて」
時々耳にする話ではあった。ダンジョン内では何が起きるか分からない。常に魔物との戦闘が行われているし、怪我を負った仲間を置いて逃げなければならない場面だってある。街中のように目撃者がたくさんいるわけではなく、薄暗い洞窟の中で犯罪行為が行われても見過ごされてしまう可能性は大いにあるのだった。
「若い女が信頼できない相手と臨時パーティを組むなんて、そもそも危機感が足りないんじゃないか」
──ガンッ!
強めに叩きつけられた岩壁がばらりと大きく崩れ落ちる。己の腹の底で沸き立つ感情は一体なんなのか、噛み締めた奥歯がぎりっと音を立てた。
「──私、幼馴染の子と組んでいたパーティを解散したばかりで……。二人で借りていた家も出なくちゃいけなくなったから、お金を稼がないとって。都会は危ないから気をつけなさいって言われていたのに、私、まさかこんな……」
「ああ、悪かった。責めるつもりじゃなかったんだ。ほら、泣かなくていい。もうすぐに出してやるから」
「ん……っ、はい……、ありがとうございます…………あの、それで私逃げてきたんですけれど、マップもないし迷ってしまって。行き止まりになったところに罠があったみたいで、そこの床を踏んだ途端にこの状態だったんです……」
踏んだ途端に壁へ取り込まれたのだとしたら相当に凶悪な罠だろう。この階層に慣れた俺だとて聞いたこともなかったし、避けられたかどうかも自信はない。壁の向こうで両手が自由に動けばなんとかして壊し脱出することは可能だっただろうが……エミリーの細腕では確実に無理だと分かる。
「それは大変だっただろう。ひとりでよく今まで耐えたな」
「ビリーさん……ビリーさんが来てくださって本当に良かったです」
物も食えず、荷物もなく、たとえ壁から抜けられたとしてもエミリーひとりでダンジョンから出るのは難しかっただろう。駆けつけた相手が元のパーティメンバーだったりなんかした日にはそいつらの思惑通り、死ぬより辛い目に合わされた可能性だってあるのだ。
──ガンッ!
深く刺さったつるはしが壁の向こう側に抜けた感覚がした。てこの原理も使って一気に壁を突き崩す。エミリーに当たりそうな大きい塊は拳で叩き進路を変えた。
「──わっ……!」
「おっ……と」
壁の向こうから中腰の体勢であったらしいエミリーの身体が現れた。支えを失い、よろめいた彼女を咄嗟に受け止める。
「す、すみません……あの体勢でいたので腰がやられちゃって」
俺の腕の中で、エミリーはへへっと恥ずかしそうに笑った。足は未だプルプルと小鹿のように震えている。少し考えた後、左腕に乗せるようにしてヒョイと彼女を抱き上げた。
「ひゃっ!」
咄嗟に俺の首に腕を回し、抱きついてくるエミリー。その身体は細く柔らかく、何日ダンジョンにいたのかは分からないがほんのりといい香りがした。
「エミリー、お前軽すぎないか? ハンターをやるならもっとちゃんと食わないと体力が持たないだろう」
「ええっ、普通に食べてますよ……! ビ、ビリーさんが大きすぎるんだと思います!」
「だったら食事の内容か? やはり肉がいいぞ。肉は身体を作るからな」
「は、はい……バッグも全部無くしちゃったし、これからしばらくは薬草採集でもして金策します……お肉買えるように……」
しゅんと下がった耳と尻尾の幻が見えた気がした。俺の犬は肉がたいそう好きだったのだ。茹でて与えるといつもちぎれそうなほどに尻尾を振って喜んでいた。自分で全部食べたくせに、空の皿を舐めては寂しそうにこちらを見上げてくるあの目といったら……。
「まあ乗り掛かった船だしな。最後まで俺が面倒見てやるよ」
「えっ、もしかしてバッグを取り戻すのも手伝って下さるんですか……?! 助かりますっ、ありがとうございます……!」
「──ふっ。ああ、任せておけ」
俺が言った『最後まで』の意味をエミリーが知るのは、まだもう少し先のこと。
Xで行われている 年納め紅白執筆合戦2025、生首組での参加作品です。
今年もたくさんの作品をお読みいただき、ありがとうございました!




