第七話 「百手」
パキパキボキ
肩や手、首の関節を鳴らす悪魔は、準備万端と言わんばかりにオーラを増幅させていく。
「実は、君に開示しておきたいことがあるよ。今までの僕は、本気じゃない。
だって、支配者としての力を丸ごと封印されていたからね」
「……つまり?」
「つまり力が出せても三〇%が限界だった。それが一〇〇%本領発揮も可能と言うことさ!」
「今まで三割も出せてなかったのかよ!!」
「ははは!良い反応だね、そう言うことさ!
それとじゃじゃーん!これなんだと思う?」
「機嫌治るのも早いのね!ええと、鍵?」
アスモデウスが見せてきたのは、紫色の王冠の装飾がある鍵だった。
何だか、見ているだけで吸い込まれてしまう不思議な魅力の鍵。
ただの、物ではないことは明らかだろう。
「それを、こうするのさ?引き込まれないようにね」
何もないところにそれを差し込み、まるで開錠するように捻る。
すると何も無いはずの空間に、小さな黒い裂け目が現れた。
続けてアスモデウスが、呟く。
「色欲を司る支配者アスモデウスの名の元に、地獄の権限を行使する。
我れらが携えし、七つの鍵をもって、第二層強欲の領域へと導け!!」
「……!!!?」
彼の詠唱に呼応し、その裂け目には口が生まれていた。
その口は、『御開錠〜!』と聞くに堪えないキンキン声で耳を劈いた。
次の瞬間ーー。
凄まじい勢いで風を呑み込んでいく裂け目。
それは徐々に大きく広がっていき、その姿を現す。
禍々しい骨と髑髏。
宝石の装飾と、金貨などが散りばめられた欲望と強欲の入り口だ。
ガチャリと、開錠する音。
アスモデウスが先導し、私は未知の領域へ足を踏み入れた。
………………ーーーーーー。
「っ!!」
私たちが扉を介して立っていたのは、見晴らせる崖の上。
夜を照らす星々と月光。
うっすらと地上には、大河や森、山々などの大自然が広がりを見せる。
空いた口が塞がらない。
だって、ここはまるで西洋のおとぎ話のような世界。
「……大きなお城に、豊かな大自然。絵本の世界みたい」
「まあ僕の領域は、また別の魅力がある訳だけど。……まるで、異次元だろう?」
「……うん」
極め付けは、中央に大きく聳える白と青の城。
それを護るように円形状に囲む白亜の城壁。
スケールがいきなり跳ね上がったファンタジー世界に、圧巻して足から力が抜けた。
「やばい!武者震いで、タ、タテナイ」
「全く、困ったご主人様だね?」
「それは、言い返せないかも。………ん?なんか音しない?」
「………虫じゃないかな?」
「いや、違う。とんでもない音と速さでこっちに飛んで来てない?あれ、気のせい?」
滑空していたワイバーンの群れが、目の色を変えて私たちに差し迫る。
ざっと、十体は居るように見えた。
「まさか君を狙っている!?」
「なんで!」
「はは、これは罠さ!そりゃアイツが何の考えもなしに、強欲へ来いだなんて言う訳ないからね!」
「笑ってる場合か!」
「でも、良い機会じゃないか。
僕が見ててあげるから、一人で戦ってみるんだよ。いざとなれば助けてあげよう」
「は!!?実戦はまだ無いんだけど!!」
「僕とやり合えた!やれば出来るさ」
「あれは無意識で!」
いつの間にかワイバーンの群れに囲まれ、逃げ場が無くなっていた。
鋭い爪に、牙。
あんなので裂かれたら、ひとたまりもないだろう。
「グオオォォォオオン」
一匹の咆哮は、他の仲間を奮い立たせるように辺りに轟いた。
短刀を構えたは、良いものの。
相手の闘気に手が震えて、息が詰まる。
戦闘経験なんてない、これまで戦えていたのも全て無意識からだ……。
たぶん私の中の、もう一人が居て、それが……。
でも、敵は待ってくれない。
一斉にワイバーンが、引っ掻くように襲いかかる。
後ろに引いても、前へ出ても刃物のような鉤爪が待ち受ける中。
(片腕が折れてるから動きにくい……!!
っけど!!)
飛び上がり、短刀を突き刺す。
刺さりはしたが、逃れようと暴れるワイバーンに振り落とされそうになる。
しかし、片腕の力と脚力でなんとか背中に乗った。
「ぬぅぅううああああぁぁあ!!」
「プギャァァァアア」
一匹が荒れ狂い、敵味方関係なく猛威を振るう。
鼓膜を通り越して、脳を震わす叫びに意識を持っていかれそうだ。
「ご主人様!!!頭を下げろ!!」
「………!!!」
コンマ数秒。
数えきれない大小様々な石が、流星のような速さで飛来する。
ガードする隙も与えず、瞬く間にワイバーンの肉を抉り削る。
(あっぶな!!!鬼か、いや悪魔だけど)
アスモデウスのオーラが、百手観音の如く発現された触手。
それらは、手のように変形し投球していたのだった。
そのため全てのワイバーンを撃破できた。
「だいじょーぶかーい!!ご主人様―!いきてるー?」
「大丈夫なわけあるかい!おーぼーえーてーろー!」
「さあ大漁だ♪生き血!生肉、少し硬そうだ
けど腹ごしらえにピッタリだね」
「絶対私にやらせる気なかったな……コイツ!」
「いやいや!格好の餌食あってこその、この収穫さ。お手柄だよご主人様」
「あーはいはい。っというかもう限界………たはっ」
「初仕事、お疲れ様。よっと……。
ここに居ると目立つから、森の中で一晩過ごすよ」
「………硬めがいい」
「………?」
「っだから!お肉、硬めに焼いて欲しい!
焼き目、付いてる方が好きだから」
「ああ、肉のことだね。りょーかいだよ」
アスモデウスの片手にワイバーン。
もう片方は私がまた抱えられながら、森の闇の中へ入っていった。
* * * * * *
「はむ!!………っふまぁい!」
「沢山焼いたから、まだまだあるよ」
「あひあと!もぐもぐ」
「ねぇ、さっき君は……無意識にあの戦いができた。そう言う意味で……無意識でと言ったんだよね?」
「ゴクリ。う、うん。
まあ、私にもよくわからないんだけどね」
焚き火を囲むように、丸太の上で肉を頬張る。
真剣そのものの表情なアスモデウスは、眉間に皺を寄せたまま口を開く。
「ふむ……気になっていた事があってね。
戦闘中に、いきなり君の何かが変質した。その後、僕の契約は反転された。
それは、君では無いまるで別人のそれだ」
「……!!わかるの?!」
「もちろん。力が封印されていたとは言え、僕も中々に戦闘の経験はあるからね」
「うん、いつも、誰かを助けたいと願うと。
もう一人の、私の声が聞こえてくるの。その後は、断片的には覚えてるけど、ハッキリと何があったなかはわからなくて」
「………そうか。なら問題は、君自身にそれをコントロール出来ない。もしくは、押し負けていることが原因なのかもしれないね」
「押し負けている?」
「あぁ。力量もしくは、思いの強さがね」
「うーん、そう言う感じでも無いような……」
「どちらにしても、マモンを倒すまで時間がない。この短期間で少しでも君自身強くなるか、ソレを使いこなすか。
大きく左右してくるだろうから、夢夢忘れないように。いいね?」
ゆっくりと、私は頷く。
炎は、大きく燃え盛り赤から青に一瞬、変化したその時。
あるはずのない自分の顔が浮かび上がり、ほくそ笑んでいるように見える。
【貴女は、何も救えない。
だから、諦めなさい。
そして、私に魂を捧げるのよ】
(違う、私は救えるよ。
私はどんなに、ボロボロになってもいい。
だからお願い。私に、貴女が何なのかを教えて)
……無言だ。
拒絶という事なのだろうか。
残りの肉を食べるが、何だか味がよくわからなかった。
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