表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第五話 「色欲」


「勝手に逃げてはいけないよ。お嬢さん?」

「……ぐぅううっ!ぬぬぬぁぁあああ!!!」



ギチギチと軋む掴まれた手首。

気力だけで、何とか後ろ手に引いた。

ポーションだけは、なんとしてでも持ち帰るんだ。


「手荒な真似は好まないが、致し方ない」



 アスモデウスは、いきなりパッと私の手首を手放す。

勢いで、バランスが崩れるがなんとか足で踏ん張った。

この悪魔、一体何を考えているのか、底が知れない。

なんだか、心が無性に騒ついた。



「ふふ、ハハハハ!これは僕にとって好機なんだよ!人間ッ!!」

「………?!!」



悪魔から漂う紫の悍ましいオーラ。

なりを潜めていたオーラが、足元から這い上がるように絡みついてくる。


でも目的は、私じゃない。

そう、直感が叫ぶ。

ーーもしかして、この薬屋に?



気付いた時には既に、轟音が真上を裂いていた。

パラパラと木屑が頬を掠める。



悪魔のオーラは形を変え、まるで拳のように天井を突き抜けていた。

避けるよりも前にその圧に耐えきれず、体には無数の擦り傷が血で滲む。


「くぁあっ!!」


衝撃波に、軽々と飛ばされた。

茂みが緩和剤になり、身を受け止める。


あのオーラの拳を直接受けずとも、このザマだ。

いやそれより、この開けた状況はかなりマズイ。



「ニンゲンだ!ニンゲンが居たぞ!!

アスモデウス様と対峙中だ!急げ!」


 巡回していた数人の悪魔兵に見つかってしまう。

一番恐れていた状況に、闇が深い森へ逃げ込んだ。

さすがに、多勢に無勢すぎる。


「いえ、アナタたちはこのまま他の仲間を見つけ出しなさい。

彼女の相手は僕一人で十分だ、そうだろう?」

「っ!承知いたしました!」



アスモデウスは四つん這いとなり、閉じ込めていた黒翼がバキバキと背中から露わになる。


「さぁ、狩りの時間スタートだよ」



「っはぁはぁはぁ」


森の奥へひたすら駆ける。

草木や枝が刺さるも、今は痛みすら感じない。

夜の森なら、まず私を簡単には追えないだろう。

そう、たかを括っていた。



ビュン


「っぁあ!!」


何かに担がれ、地面から足元が遠のく。

私を持ち上げている?!



「捕まえたよ?逃げる時は、デタラメに動き回ると音で感知されるよ?今みたいに………ねッ!」



ズドォォオオオオン



蹴り上げられた勢いで、岩肌にめり込んだ。

目の前が真っ赤に染まって、膝にしたたるのは鮮血。

ああ、これはだめなやつだ。

頭が回らない。



「……アリザ!!!!」



朦朧とする中で、誰かが呼ぶ。

私の名前をーー。


「アリザ!!大丈夫!?

誰がこんな事を……っ」

「お仲間の登場かい?手間が省けて助かるよ」



私を庇うように目の前に立つのは、ルルディアだった。


「ルル…ディアっ、これ。

これを持って……逃げて……」



震える手で、何とか死守したポーションの袋を差し出す。

力を振り絞り、ふらつく両足で立ち上がった。

私はそう、まだ、やれる。


「ルルディア。

アデルの元へ行って………行くんだ!!」



私の張り裂ける声に、意を決して踵を返したルルディア。

アスモデウスから向けられた、オーラの矛先。

しかし、決して怯まない。

背中を見せれば、それは命取りだと理解できたから。



「アスモデウス。お前に聞きたいことがある」

「いいよ。君の死に際だ、一つだけ答えてあげよう」

「さっきの攻撃。なんでわざと外したの」


意外そうに、目を見開く悪魔。

次の瞬間には、また口元は嗤っていた。


「気付いたんだね、あの一瞬で?」

「違う。当てられたはずなのに、あの攻撃は私へ向かっていなかった。わざわざ天井を突き破る意味はないと、思ったから」

「へぇ、君はそう思うんだね?

正解は………そう。わざと外したよ」

「……何を企んでる」

「まーだ、ヒミツさ」


 

会話のお陰で、朦朧とした意識が冴え渡る。

短刀を構え。

連撃を打ち込む。


オーラに防がれるも、狭い森の中では翼が邪魔で上手く動き回れていない。

私はひたすら意識を研ぎ澄ます。


連撃の最中。

守備が疎かになった、足。

またとない好機。


刀を持ち替え

思い切り刀身で足の肉を抉る。

悪魔のオーラを溜めた拳が、振りかぶる。

片腕で受け止めるが、骨が軋んだ。



「あああああくそったれぇえええ!」



刀から手を離し、足で踏み込む。

悪魔の太ももを足場に、思い切り飛んだ。

そして、背後に回り込んで首を圧迫。

するとアスモデウスごと倒れこんだ。



払うべき代償の代わりに、やっとのことで捕まえ、無力化に成功した。


「はぁ、はぁ、はぁ。……やった?」

「…………」


ツンツンと触れても、無反応に白目を剥いている。

やったのか、でもイマイチ実感が湧かない。



「フ、フフフハハハハハハハ!

ああぁぁあ!ゾクゾクするよ。

僕の中の暴かれてはならない色欲(アスモデウス)が、出てきちゃいそうだッ!!」


ギョロンと、目玉が一回転。

ほんの一瞬で意識を取り戻したその姿に、人ならざる者の恐ろしさを痛感した。

けれども、えらく余裕そうに笑ってみせるアスモデウス。


「え、まさか……喜んでるの?何、なんでコワ……」

「フフ、何でかわかるかい?女王様」

「誰が女王様だ!」

「さて、戯言はここまでだよ。

僕のために君には、犠牲になってもらおうか」



紫のオーラが私の首にまとわりついた。

何が今から起こるのか、見当もつかない中。

私は、静かに目を閉じていた。



隙だらけの悪魔から短刀を引き抜いた。

アスモデウスのオーラをまるで魔法の繊維を解く様に短刀で断つーー。


「……………」


そして、繊維は再生するように接合し紫から藍へ転変していく。



「……な、に?!僕の魔法回路に侵入だと!?」



絡み合う因果は、それを可能へと転じるために体の細胞や組織まで駆け巡る。


武は、圧倒的にアリザにあったーー。



勝利を確信したもう一人の私は、せせら笑う。


「あははははは!!やっぱりアリザは私を頼る他ないのね」

「僕が、負ける!?人間に……屈するのか!!」


何故なら、アスモデウスは私を女王様と呼んでいた。

それ即ち、屈服であり……勝敗は既に着いていたも同然。

パキィンと、彼のメガネのレンズがパラパラと割れ落ちる。



視界が揺らめく中。

もう一人の私が亡霊のように現れ、体に絡みつく。

骨が軋み、肺が圧迫し息が詰まる。


「……お、まえっは!!だれだ!!?

ぅぅううううぐっ!!!!」



音が一瞬、消えた。


ゆっくりと、刀を鞘へ納める金属音だけが静寂に鳴った。


自分でもわからない。

一体何が起きたのか。

けれど、体は覚えているのだ。

どうすれば良いのかを……。



バタリと藍色のチョーカーを首につけたアスモデウスは、倒れ伏した。


私も立っていられず、その場で膝をつく。

またあの声が聞こえた。

恐ろしい、あのもう一人の私の声。

そしてその存在は、少しずつ確実に私を変質していく。


もう引き返せない沼の奈落に、自ら足を踏み入れていた。



ご覧いただきありがとうございます!

もしよければ、感想などいただけたら励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ